19.主星
Angelique
「おい!そのケース20個、すぐに車に積むっ!ぼっとしてんじゃねーぞ!」
「はーい!ただ今ぁ!」
怒鳴るような大声で応えると、私は足元に山積みされた保冷用のパックを重ねたまま持ち上げた。20キロくらいあるのかしら・・?最初はしんどかったけど、最近じゃもう慣れっこになってしまった
。
今月はじめから、私はこの大きな魚市場でアルバイト・・・っていうか、日払いの仕事を始めた。
ひざまで届くぶかぶかの長靴に魚くさいゴムのエプロン。重たい冷凍魚のケースを持って市場をあちこちし、無免許でカートを乗り回す。誰かにいやらしい声をかけられたり触られそうになったら、相手が興ざめするくらい口汚い啖呵を瞬時に大量に怒鳴り返す。・・・これらのことを私はあっという間に習得した。
ルヴァには絶対見せられない・・・こんな悲惨な格好。
見たらルヴァ、卒倒しちゃうかもしれない・・・。
だけどだけど・・・仕方ないんだもん。実際他に仕事がなかった。
理由はたったひとつ。私達が非合法の移住者だから。
主星では今移民は嫌われ者で差別の対象だった。
食べるもの、住むところ、何から何まで差別され、病気になっても医者にもかかれない。仕事を見つけるのは中でも特に大変だった。
まともなところは雇ってくれないし、雇ってもらえても仕事は市民の倍、給料は半分というのが相場だった。
いっぺん、比較的割のいい事務仕事にありつけたんだけど、その時の経験で私は逆に懲りた。世の中そんなおいしい話なんてない。絶対に、ない。
私を面接で採用した部長は、三日目にオフィスで残業している私を押し倒そうとした。
私が抵抗するとそいつは「移民の癖にもったいぶるなよ!分かってて応募したんだろ?」と暴言を吐いた。私は暴れてもがきまくり、隣のデスクにあった雨傘の柄をつかむと、思いっきりそいつの足の甲に突き立てて逃げ出した。
ぐしゃ、って音がしてた。骨くらい折れてたかもしれない。
人に怪我させるのなんて、これが初めてだった。
前の私だったら座り込んで泣き出してただろう。だけど私は泣かなかった。必死で家に駆け戻ると、私はユーリを連れて、仕返しされる前にさっさとそこを引っ越した。
泣いたり怖がったりしてる暇なんかない。
次々にいろんなことが起こって、判断を迫られるたびに、全部自分で、一瞬で決めなきゃならなかった。間違ったらユーリまでつらい目にあわせることになる。泣いてるどころじゃないのだ。
お金は、・・・・実は十分にあった。
あの時執事さんが用意してくれた荷物は泣けてくるくらいカンペキだった。
わずかな時間にどうやってこれだけ、と思うくらい。現金と貴金属、三人分の軽くて暖かい着替えにユーリの常備薬。・・・・スーツケースの中には、数週間の滞在でも何とかなるだけのものがきっちりと詰め込まれていた。
だけど私はそのお金に、普段は絶対手をつけないようにしていた。 ホテルに泊まったのは、主星についた最初の二日間だけで、その後私はすぐに、仕事と住むところを探し始めた。
戸籍調査を逃れるために私達は何度も引っ越さなきゃならない。ユーリが病気にかかったら無免許医にかからせるしかないから法外なお金がかかる。これからユーリの教育のこともあるし・・・ユーリを守るため、私は昔じゃ考えられないくらい慎重に、考え深くなっていた。
まるで半分、ルヴァが乗り移ったみたいだった。
ルヴァ・・・・・。
今、どこにいるのか、どうしてるのか、
ちょっとでも分かれば、どんなことだって我慢できる。
何も分からないのがとてもつらかった。
どうしようもなく不安な夜は、荷物の奥深くからルヴァのシャツを引っ張り出して、そっと頬に当ててみた。
ルヴァ・・・・。
あなたは今、どこにいるの?
だけど、ただひとつだけ確信できるのは
どこにいて、何をやっていても、きっと探してくれている。
絶対私達のことを探してくれている。
だからどんなに暮らしにくくても、やっぱり他所の星に行くわけにはいかなかった。
ここでルヴァを待たなきゃ・・・・。
そして、どうにかユーリと二人で生活してきて
私は大きな壁にぶつかってしまった。
主星に来て1年が経ち、ユーリは5つになった。
来年からはエレメンタリースクールに入れなければならないのだ。
ユーリをどうしても学校に行かせたい。
ルヴァの息子をエレメンタリーにも行かせないなんて、そんなの絶対だめ。考えられない・・・。
だけど、ちゃんとした学校に入るには・・・・・・
主星の市民権が必要なのだ。
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