27.旧友

Angelique

「馬っ鹿野郎!全く、どれだけ探したと思ってんだっ!」

それが久しぶりに会ったエドワードの第1声だった。
「ごっ・・ごめんなさい!! 心配かけちゃって。」
「ごめんで済むかっ!全く!友達がいってもんがないのか!あんたには!?」
「本当にごめんなさい!迷惑かけちゃいけないと思って・・・」
「それが水臭いって言ってんだ!!!」

エドワードは相変わらずだった。

信じられないことに、あのエドワードももうすぐ還暦を迎えようとしている。

遺跡の事件が終わってすぐ、聖地とエドワードの協会の合同プロジェクトが立ち上がって、エドワードはたびたび聖地に尋ねてきた。
来れば必ず家に泊まって、お酒を飲んで一晩中ルヴァと話をしてた。
ルヴァをべろべろに酔っ払わせたり、かんかんに怒らせたり・・・そんな芸当ができるのは宇宙広しと言えども、このエドワードくらいなものだった。
二人は本当に仲が良かった。

たまに話に熱が入ってくると、二人とも段々声が大きくなって来て、ほとんどケンカ寸前までいくこともあった。
まずルヴァが部屋を飛び出してきて、「頭にきた!」とからしからぬ言葉を口走りながら、書庫の本をすさまじい勢いでかき集めてエドワードの前にどうだと言わんばかりに積み上げてみせる。
するとそれを見たエドワードはフフンと鼻で笑って、「所詮は学者先生が頭の中でひねり出した空理空論だろ?そんなモンに真実なんかあんのかよ!」と毒づくと、自分が発掘してきた遺跡の話を滔滔と語り始めるのだ。

私もユーイーも「そら始まった」と顔を見合わせて笑うだけで、全然心配なんかしなかった。だって二人のケンカは長続きしたためしがなかったから・・・。
二人とも相手が持ち出す文献や体験談にすぐにのめりこんでしまって、
「・・・で、その学者はなんて説明してるんだ?」
「あなたが見たその土器は現存するものと違うって言うんですね?」
なんて、お互いにものすごい勢いで情報交換が始まって、それでまた二人ともすっかり楽しくなってしまうらしいのだ。

残念だけど、この世界には私もユーイーも入り込めない。
だけど、エドワードと一緒の時の本当に楽しそうなルヴァを見るのは私も嬉しかった。

当然ながらエドワードだけがどんどん年を取ってゆく。
ユーイーはすぐに聖地に来なくなってしまい、私には彼女の気持ちが何となく分かる気がした。
だけどこの二人だけはお互いに全然気にしていないみたいだった。ルヴァはエドワードの外見が自分を追い越しても別段遠慮なんかしなかったし、エドワードはエドワードで、年をとっても少年みたいで、少しも落ち着く気配が見られなかった。

私たちが聖地を去る1年位前にエドワードは落盤事故で片足が動かなくなり、実質的に現場を引退せざるを得なくなった。期せずして同じ頃プロジェクトが協会に完全委託される形になり、 エドワードが聖地に来ることもなくなってしまった。

だけど・・・その後も二人の間には手紙のやりとりが続いているようだった。


「エドワード・・・私達のこと、知ってたの?」
私たちが主星にいることを知っている、ということは・・・もしかしたらエドワードはルヴァから何か連絡を受けたのかもしれない。
期待に心臓がかすかに震えた。

「ゼフェルがメールをくれた。・・・・・匿名であちこち転送されまくって届いたんだが、俺にはすぐにピンときた。あんた達が主星にいるから探して力になってやってくれ・・・ってな。そんなようなことを、あいつにしては回りくどく、暗号めかして書いてあった。」

ゼフェル様が・・・? 懐かしい名前に思わず胸がツンと疼いた。心配してくれてたんだ・・・私達のこと、ずっと・・・・。

「何があった。ルヴァは一緒じゃねぇのか?話してくれないか?」
どうしよう・・・・。どこまでエドワードに話せばいいんだろう。
エドワードにまっすぐな目で見つめられて私は迷った。
エドワードの力を借りる以上、ある程度事情は話さなきゃならない。
だけど、本当の事情を知ったら、エドワードはルヴァのためにどんな無茶なことでもするだろう。・・・それはだめ。一歩間違えば女王陛下への反逆罪になりかねない、そんな危険にエドワードやユーイーを巻き込む訳にはいかない。

「あの・・・ごめんなさい。詳しくは話せないんだけど、聖地には帰れないの。ルヴァが迎えに来てくれることになっていて、私たち、ここで彼を待ってるの・・・。」
しどろもどろになって話しながら、私はエドワードに隠し事をしてると思うと後ろめたさでいっぱいだった。ちょっぴり来たことを後悔すらした。

エドワードは射抜くような目で私を見ていたかと思うと、大きく肩で息をして投げ出すように言った。
「分かった!」
「ごめんなさい・・・自分からたずねて来ておいて・・・」
申し訳なくて思わずうなだれた私の肩に、どん、と勢い良くエドワードの手がおかれた。
「いいよ。しょうがねぇ・・・ゼフェルもあんたも、言えない理由があるんだろ?」
私の顔を覗き込むように見てるエドワードの目は笑っていた。
心配かけるだけだけかけて理由も言わない・・・・そんな我が儘をエドワードは許してくれてるんだ。思わず胸が熱くなった。
「だけど、俺にできることがあるなら、ちゃんとすぐに言うんだぞ。遠慮なんかしやがったら、もう友達でも何でもねぇからな。」
「ありがとう・・・・。」
あぶない・・・。じぃんとして、思わず泣きそうになった。泣かないって誓ったのに、優しくされるとやっぱり弱かった。

エドワードの視線が私の顔から徐々に下の方に降りていって・・・・・
「それにしてもあんた・・・・苦労したんだな・・・・。」
急にしんみりした声でそう言われて、私は今更ながらに自分の格好に気がついて飛び上がりそうになった。
「あっ、こっ、これは違うのよ!これはその・・・変装なの!」
バイト先の清掃会社の制服姿でそのまま来ちゃったのだ。聖地がまだ私たちを探しているとしたらエドワードの家は当然チェックされてるはずだった。本当は来ちゃいけない所なのだ。見つかったら私たちも連れ戻されてしまうしエドワードにも迷惑がかかる。
私はエドワードがじっと私の荒れた指先を見ているのを見て、更に赤くなって手をひっこめた。
みっともなくならないように、いつも気をつけてるつもりだったんだけど、やっぱり細かいところまでは気が回らない。でもそれを男性の・・・しかも夫の親友に気づかれちゃったのはさすがに恥ずかしかった。

「あっ、あのねっ・・・今日来たのはお願いがあって」
私は慌しく今日来た用件の本題を切り出した。
「あのね、すごぅく厚かましくて、難しいお願いだって事は分かってるんだけど・・・・ユーリをね、できればあなたの知ってる誰かの・・・・養子ってことにしてもらえないかしら?できればその・・・形だけ。」
「あんたが言うならもっと難しいことだって構わねぇけど・・・・いいのか?そんなことして?」
「あの子、来年6つになるの。エレメンタリーに入れたいんだけど、戸籍がないから・・・・。」
私の説明にエドワードは大きくうなずいた。
「なるほど。・・・・だけど、それで、あんたはどうするつもりなんだ?」
「私?私は・・・別に今のままで構わないんだけど・・・・。」
「病気になったら?保険とか仕事とかどうするんだ?」
「病気?・・・大丈夫よそんなの。私、ほら、健康だし!」
「分かった、俺に任せろ。」
エドワードは杖をついて立ち上がったかと思うと、扉を杖の先で押し開けて、廊下に半身を乗り出すようにして大声で怒鳴り出した。

「おい、アルフ、すぐ降りて来い!・・・・うるせえ、四の五の言ってるんじゃねぇ、来いって言ったらさっさと来い!」

しばらくすると階段をばたばた駆け下りる音がして、開いているドアから日焼けした長身の若者がひょっこり顔をのぞかせた。

「すぐって父さん、俺さっき起きたばっかで今髭を半分までそったとこ・・・・・あれ?・・・もしかして、お客さん?」
「お久しぶりね、アルフ!」
髭を半分そり残したその顔に思わず吹きだしそうになりながら、私はその懐かしい人物に声をかけた。

子供に恵まれなかったエドワードとユーイーは遺跡でガイドをやっていた孤児のアルフレッドを養子に迎え入れた。アルフは15歳くらいの頃、エドワードに連れられて一度だけうちに来たことがあった。ブロンドではしっこそうな青い目をしたアルフレッドはエドワードと本当の親子みたいに似ていて、おまけに負けず嫌いで凝り性な性格までそっくりだった。
主星の時間の流れには本当に驚かされる。ちょっと見ないうちに幼い少年はすっかり逞しい若者に成長していた。

「あーっ!アンジェさん!すごいな、全然変わってない!相変わらずきれいですね、カッコは変だけど。ははっ、どうしたんですかそのカッコ? 父さん、お客さんならそう言ってくれればいいのに・・・俺やっぱり髭そって来る・・・」
「いいから座れ!」
背を向けかけたアルフレッドの襟首をエドワードは問答無用とばかりに引っつかんでソファーに転がすように座らせた。
「ところでお前、好きな娘とかいるのか?」
かなり唐突な質問であるにも関わらず、アルフは戸惑いも見せずに逆にソファから身を乗り出した。
「良くぞ聞いてくれました!いましたよ大学にいた頃、振られたのは父さんのせいですからね!遺跡発掘であちこち引っ張りまわされて半年音信不通になったら、戻ったときには新しい彼氏作ってるんだもんな。薄情ですね、今日びの女の子って!ねぇ、アンジェさん!」
「・・・要するにいねえんだな」
「あの・・・エドワード。何を・・・?」
腕組みをして考え込む顔になったエドワードを見ながら私は段々嫌な予感がし始めていた。

「お前ら結婚しろ!」
「はぁ〜?」
「あー。僕はかまいませんけど」
かなり唐突な話であるにも関わらずアルフは今度も動じなかった。
「あ・・・アルフまで、何言ってるのよ!」
「アンジェさんキレイだし、俺は光栄ですけど・・・でもルヴァおじさんどうするんですか?・・・あっ、もしかして二人とも離婚・・・・・っててて、痛ってぇ!何すんですかいきなり!」
いきなりエドワードがゴツンと音がするほどアルフの頭をなぐって、アルフは頭を両腕に抱え込んでうめいた。
「馬鹿!誰が本気で夫婦になれって言った!戸籍だけだ!お前、ルヴァが戻るまで父親としてユーリの面倒を見ろ。アンジェには指一本触れるな!」
「それじゃあ僕はちっとも面白くないっててててて・・・・・冗談!冗談ですよ!」
ガシガシと連続でアルフレッドの頭にこぶしの雨を降らせてるエドワードを私はさすがに慌てて押しとめた。
「ね・・ねぇ、エド、無茶はやめてよ。私はいいんだってば!」
「・・・・・よかねぇ。」

「アンジェさん、いいですよ、俺構いませんから。どうせ父さんに基金と協会の面倒な仕事全部押し付けられて、出張ばっかりで彼女作ってる暇なんか全くないんですからね。あっ・・・代わりに美人のお友達紹介してください。おっかないお舅さんがついてても平気な神経の丈夫な人がいいんですけど!」
「ふん、あいにくだな。お前これから当分、女と遊んでる時間なんかあると思うなよ。」
「父さん!これ以上僕をこき使ってどうしようってんですか!過労で早死にしちゃったら父さんと母さんの老後は誰が面倒見るんですか?」
「心配するな、お前の世話になるくらいなら養老院でも入ってきっちり遺産を使い切っといてやる!」
「遺産なんかあったんだ?借金があるのは知ってたけど・・・それに、父さんみたいな協調性のない人間には集団生活は無理だと思・・・・・。いって〜っつ!暴力反対っ!」
「そんな御託を並べてるヒマがあったらだな・・・お前これからルヴァを探しに行け!」
「おじさんを探しに・・・?どこへですか?」
「それを探しに行けっつてんだ、馬鹿!」
「そんな大雑把な・・・・。」
エドワードはソファーに座りなおすと、私たちの顔を均等に見回して言った。
「とりあえずまだ聖地にいるのかどうか、つてを使って探るんだ。もしいないようだったら・・・・ あいつは聖地を出たら必ず主星にアンジェを探しに来る。その後は・・・・俺に考えがある。」



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