41.写真
Luva
こんなことをするべきではないということは分かっていた。
彼にはもう新しい父親がいて、新しい家庭があるのだから、私の出る幕なんかない。余計なことをして彼らの間に波風を起こすべきではなかった。
・・・・だけど私は、結局のところ自分のエゴに勝つことが出来なかった。
彼に伝えたいことがたくさんあったのだ。
彼がまだ母親のお腹にいる頃から、どんな風にしてあげたらいいだろうか、何を残してあげられるだろうかと、長いことずっと考えつづけてきたのだ。
自分の持っているすべてを伝えたい、・・・・その欲望に、結局私は勝てなかった。
毎回彼から送られてくる報告書は、どれも私の予想をはるかに越えていた。
どんな難問を押し付けても、彼は決してあきらめようとも誤魔化そうともしなかった。
いつも子供とは思えないような生真面目な真剣さで、今の自分の精一杯をぶつけてきた。
不器用な言葉から溢れるひたむきな思いが愛しくて、私は何度も何度も彼のあどけない筆跡を読み返した。
ユーリはとても素直で純粋だった。
これは・・・やはりアンジェリークに感謝しなければいけないのだろう。彼女は息子をとてもよく導いていた。
ユーリからの手紙を見るのが、私の毎週の楽しみになった。
彼が悩んでいる問題に対して、答えを与えたくなる気持ちに私は耐えていた。
答えは誰でも教えてやれる。私が彼に与えたいのは、自分で考える力、学ぶ悦び―――努力すれば自分で答えを探せるのだという自信や希望だった。
父親のいないあの子が、一人でも強く生きていけるように・・・。
何度かやりとりをしているうちに私はふと気が付いた。
調べ物をさせすぎたせいか、ユーリは少し体力が落ちているようだった。
これはうちの家系のようなもので子供の頃は私もたいそう虚弱だった。ここはアンジェリークに似てくれればよかったのに、どうもこの種の遺伝子は劣性のもののほうが強いらしい。
自分と同じ弱点を持つ我が子を愛しく思いながら、私のしたことは「もっと体を鍛えなさい」と、彼を叱り飛ばすことだった。
心を鬼にして叱り飛ばしたら、驚いたことに、数週後には早くも少し評価があがっていた。
机の上の学習だったら一夜漬けで成績を上げることもできるだろうけれど、実技ではそれは不可能だった。どうやって短期間にそれをクリアしたのか、私は気になってつい指導教諭に問い合わせてしまった。
彼は私の手紙を受け取った翌日から毎朝走り始めて、初日は日頃の運動不足がたたって貧血で倒れてしまったそうだった。 それでも、その後も毎日走るようになって、その日課はどうやら今でも続いているらしい。
ユーリ・・・・
もう、我慢ができなかった。
私は引き寄せられるようにデスクに向かうとペンを取った。
ユーリ。・・・愛しい息子。
今まで厳しいことばかり言ってすまなかった。
本当はあなたは素晴らしい・・・どんなに賞賛してもし足りないくらい、素晴らしい、最高の息子なのだ。
私はいつだって、あなたのことを愛しているし、誇りに思っている。
あなたの能力はすべてにおいて、私が子供の頃をはるかに越えているし、あなたの努力はそれにも増して素晴らしい。
あなたは友達のことをいつも優しい、思いやりに満ちた言葉で語るし、自分に対してはとても謙虚で控えめだ。
あなたはどんなことでも素直に受け止めて、まっすぐな判断ができる。
私はあなたのことをとても愛しているし
あなたのためなら何でも・・・どんなことでもしてあげたい。
私は一気に書き上げた手紙を、書き上げるなり、その場で破いた。
・・・・・そうじゃない。
私のするべきことは、あなたの愛を得ることではなくて、あなたに与えることなのだから・・・・。
父親としての責任をまともに果たすことのできなかった私に許されたのはそれだけだった。
ある日彼からレポートと一緒に1枚の写真が送られてきた。
そこに映っているのは、明らかに、かつてもぎ取るようにして奪われた自分の一部だった。
活き活きとした緑の目。
青いくせっ毛で、男の子にしては少し線の細い輪郭をしていた。
幼い頃別れた弟に生き写しだった。
私にも・・・似ているのだろうか?
私のユーリ・・・・。
この時だけは本当に我慢できなかった。
激情の赴くまま、私はペンを取るとその辺のざら紙に書き付けていた。
「親愛なるユーリ 写真をありがとう」
・・・・これ以上は書けない。
気持ちが押さえられなくなって、とんでもないことを言い出してしまいそうだった。
私はその短い手紙を、大事に仕舞い込んであった写真集の最終ページにはさみ込んだ。
写真集は遠征の途中でふと目に付いて買い求めたものだった。
いつかユーリに見せてやりたいと思って・・・・だけどもうそんな機会はないだろうと思っていた。
本を閉じると、静かに表紙に口づけた。
あの子は・・・喜んでくれるだろうか・・・?
そして私は、ふたたびユーリの写真を取り上げた。
ユーリ。
私の愛しい息子。
写真でもいい。
こんなにも素晴らしく成長したあなたにまた会うことができて、私がどんなに嬉しく思っているか・・・。
どんなに幸せに震えているか。
あなたは、知らないし・・・・・
知らなくていい・・・・。
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