43.暗闇のサクリア




薄暗い洋館の一室。

空気が重くよどんでいる。
燭台のろうそくの炎が滲んだ光を発して、それが暗がりの中に5つの人影をぼんやりと浮かび上がらせていた。



火の気のない暖炉にもたれるようにして立っていた男が、幾分女性的な、神経質な声を立てて笑い出した。


「ざまぁないね、ジルオール。ずい分情けない姿になって・・・。折角手に入れたご自慢の体はどうしちゃったんだい?ずい分短い命だったね。」

少し離れたところで椅子にかけて眠るように目を閉じていた老人が顔を上げた。
黄色い肌に深く刻み込まれた皺の間から、そこだけは異様な光を放つ瞳をあげると、老人は暖炉の前の男を厳しく見返した。

「口をつつしむのですね、ルード。言っておきますが私は別にしくじったわけじゃない・・・すべて計画通り、計算済みのことですよ。」

「負け惜しみを言うね・・・」

ルードと呼ばれた男は睨まれてひるむどころか、笑顔になった。
その作り物めいた美貌は、笑顔になることでかえって冷酷な印象を増したようだった。

「ジルオール。あんたが宇宙にまいた力は全部女王に引き戻されちまったんだろう?苦労して聖地に乗り込んで手ぶらで帰ってきたんじゃないか。」

ジルオールはふんと鼻を鳴らした。

「それでいいんですよ。・・・青い髪の女王はもはや再起不能です。私の負のサクリアを一気に大量に体の中に取り込んで、今頃おおかた消化不良でのたうちまわっていることでしょうよ。
宇宙に散った地のサクリアの残りカスは既に気息奄々・・・・宇宙のバランスはとうてい保たれませんよ。この間に、あなたがたがしっかり仕事してくれされすれば、我々の目的はたちどころに達成されるでしょうよ・・・。」

ジルオールはそう言うと、ぐるりと座を見渡した。

「守護聖の中でも恐れるに足るものはごくわずか・・・首座の守護聖と炎の守護聖を押さえれば、後は取るに足らぬやからばかりです。
光の守護聖は既に手を打ってありますし・・・・あの忌々しい赤毛の男は、スコルピオ・・・・私は彼はあなたの獲物にふさわしいと思ってるんですがね?」

埃の積もったソファの上で膝を抱えていた赤毛の少女が、億劫そうに顔をあげたかと思うと、無関心そうにすぐさま俯いた。
さっきから少女は手の中で、所在無げに折りたたみナイフのようなものを弄んでいる。

ジャキン―――ジャキン―――
少女の手の中で乾いた金属音を立てるその物体を良く見ると・・・・・
鋭い鋼は少女の柔らかな指の関節から唐突に「生えて」いた。
少女が無表情で単調な動作を繰り返すたびに、指の替わりに植えこまれた異形の刃が燭台の光を映して禍々しい輝きを放った。


「それよりも、貴方の方はどうなのですか?」
ジルオールに枯れ枝のような指で指差されて、ルードは皮肉な笑みをもらすと濃い金髪の巻き毛を揺らした。

「まだ何にも・・・・。」

「忘れてはいけません。 すべての鍵を握っているのは地の守護聖です。 彼がどちらの側に覚醒するか・・・彼にあちらにつかれるとやっかいですよ。」

「憎しみと絶望の中で覚醒させればいいんだろう? 分かっているよ。 慌てなさんな。」

ルードはジルオールにむかって手を振ると、またしてもどこか歪んだ笑顔になった。

「狩はね、止まってるところを撃っても面白くないんだ。高く飛んでもらわなくちゃね。女の方は既に動き出した・・・・見ててご覧、天使が空から落っこちる瞬間を。」


「アルジュナ。・・・男のほうは?」

アルジュナと呼ばれた男は、声をかけられても顔をあげようともしなかった。
極端に肥満した体を床にだらしなく寝そべらしたまま、振り向くのも億劫でいるらしい。

「・・・・別に、何もすることはないと思うが?」
短く答えながら、手はひっきりなしに首から下げた布袋から何かを引っ張り出しては口元に運び咀嚼している。
先ほどからずっと同じ動作を続けているにもかかわらず、布袋の中身は全く減らないかのようだった。
「・・・・あの男、自分で勝手に闇に片足をつっこんでる。・・・二度と戻れないと思うがね。」

ジルオールは厳しい眼差しで二人を見渡すと、念を押すように告げた。

「あのふたりが我々の手に落ちれば、地の守護聖もおのずと我々のものになるでしょう。
・・・・失敗は、許されませんよ。」


終いにジルオールは、ソファに腰を下ろしたまま先ほどから黙り込んでいる美少女に声をかけた。

「コライユ・・・あなたはどうなんですか? そろそろでしょう?・・・それとも私の助けが必要ですか?」

「・・・わたくしの獲物に手を出さないで」

鋭く切り返されて、ジルオールはおやおやと肩をすくめてみせた。


「話は終わりかい?・・・じゃあ、私は失礼するよ。可愛い獲物が待っているんでね。」

ルードは一つ伸びをすると、淡い陰になって暖炉の背景に溶け込んでいった。

ガシャっと音を立てて赤毛の少女がソファの上に立ち上がった。
立ち上がると、少女の指先どころか全身に、華奢な体には不似合いな厳つい武器が埋め込まれているのが見えた。
無表情のまま、少女の姿も闇に消えていった。

床にパンくずや何かの汁の染みを盛大に残したまま、アルジュナの姿も見えなくなっている。


最後の人影が消えると同時に、 燭台の炎がいっせいに消えた。



時間も空気も、すべてが停止した後で

暗闇だけがそこに、ぽつんと取り残されていた。


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