44.カジノ船(1)
Luva
「至急、相談したいことがあります。いったん帰国されたし・・・・。」
遠征先で受け取ったルビアからの短いメッセージ。
理由はひと言も書いていない。
彼女にしては珍しいことだった。私は首をひねりつつも指揮を副官に委ね、ひとり高速艇に乗って本国に向かった。
ところが・・・・。
「至急」と呼びつけた割には、戻って数日経ってもルビアからは何の音沙汰もなかった。
面会を申し入れても「待機せよ」という、短い返事が繰り返されるばかりだった。
ルビアが一向に顔を見せない替わりに、私の帰還をどこで聞きつけたのか、突然ファルクがたずねてきた。
「よう。しばらく休暇だそうだな。」
ファルクは相変わらずの調子で、ろくにノックもせずに入ってきたかと思うと、私の顔を見て陽気に笑った。
「休暇ではないですよ。呼び出しに備えて待機中です。」
「ヒマか?」
「見ての通りですが・・・。」
私は苦笑交じりに資料の山積みになったデスクを指差して見せたが、ファルクはそんなことにはお構い無しだった。
「調べ物なんかいつだってできるだろ?付き合えよ。」
ファルクはそういうとさっさと私の腕をとってデスクの前から立ち上がらせた。
「勝手な真似はできませんよ。待機中なんですから・・・。」
「固いこというなって!これも仕事だ!・・・・なぁに、お前が来りゃすぐにカタがつく仕事さ!」
ファルクはいつもながらの強引さで私を連れ出すと、高速艇の後部座席に押し込んで、そのまま発進させた。
ファルクが私を連れ出したのは、丁度カイゼルとルナの中間地点にあたる何も無い海域だった。
「こんなところで、いったい何をするつもりなんですか?」
「まあ待てよ」
ファルクは無人の小惑星に船を近寄せると、ゆっくりとその反対側に回り込んだ。
そこにはちょうど小惑星の影に隠れて、並行するような速度でゆっくりと航行している船があった。
「あれは・・・・?」
その奇妙な光景に、私は思わず首をひねった。
目の前の船は旧式の旅客機だった。
しかし旅客機なら、小惑星に貼り付いて隠れるように運行しているわけがない。
ゆっくりと小惑星の軌道に合わせて運行しているその船は、まるで誰かを待ってでもいるかのようだった。
「行けばわかるさ」
この船の正体を知っているらしいファルクは、むしろ楽しげな口調でそう言いつつ、高速艇の進路をまっすぐにその謎の船に向け直した。
ファルクは船のドックの入り口まで来ると、高速艇を停止させた。
目の前の船に何やら信号を送っていたかと思うと、おもむろに旅客機のハッチが開いた。
ファルクは慣れた様子でためらいも見せずにハッチの中へと高速艇を進めていった。
高速艇を停止させドックに降り立つと、数名の黒服の男女が我々を出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ・・・。」
ファルクはうなずくと黙って男たちの案内について歩き出した。
「ファルク・・・ここは・・?」
話しかけた私に対して、ファルクは振り向くと悪戯っぽい表情で口の前に1本指を立てるゼスチャーをした。
「こちらです・・・どうぞ。」
長い廊下の突き当たりで、黒服の男が目の前の重い扉を押し開いたその瞬間。
いきなり――――
扉の向こうから目の前にまばゆいばかりの光と耳をつんざくような喧騒が広がった。
黒服の姿は見えなくなっていた。
ファルクは澄ました顔で奥へと足を進めてゆく。
「・・・・・これは何ですか?」
「見りゃわかるだろ。・・・カジノだよ。」
「・・・・・・・・・。」
何となく、ファルクの魂胆が見えたような気がした。
これが仕事だというのは多分嘘ではないのだろうけど、彼は仕事に事寄せて自分も楽しもうとしているのだ。
それだけなら問題ないが、おせっかいにも私のことまで「楽しませ」ようとしているらしい・・・・。
前にも彼に無理やり売春宿に連れて行かれそうになったことがあった。
「迷惑だ」とさんざん抗議して先に帰ってしまったけれど、彼は不思議そうな顔をしただけで、結局私の言わんとするところは全く理解できないようだった。
「・・・・・・帰ります。」
私は回れ右をすると、ドックの方向に歩き出した。
完全に悪気がないのは分かっているが、それでも付き合う気にはなれなかった。
「待てって!ここまで来て帰るってやつがいるかよ!」
ファルクが慌てた声を出した。
「本当に仕事なんだって!ルビアに調査して来いって言われてるんだ!」
「別に・・・疑ってませんよ。」
「こいつらモーグイなんだぜ・・・・資金稼ぎに会員制のカジノをやってるんだ。俺らの鼻先でだぞ?放っておけるか?」
「それはあなたの仕事でしょう?私の管轄じゃありません・・・。」
その時、カジノの真ん中で押し問答を始めた私達の耳に、カードゲーム台のディーラー
の声が飛び込んできた。
『―――本日のセレブルム、
最終勝負の賞品は掛け金総額の半分と、そして、金髪に緑の目の美しい奴隷女!』
金髪に緑の目・・・・。
心の中で何かがぐらりと揺れた。
私は無意識にカード台の方を振り向いていた。
そして
そこに、一人の女性の姿を見た瞬間
私の中の時計がすさまじい勢いで逆回転を始めていた。
アンジェリーク・・・・。
台の上の杭にしばられて瞳を閉じていたのは・・・・
かつて、
この腕の中にいた
私だけのものだった
天使・・・・・。
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