45.カジノ船(2)
Farc
にわかにあたりが騒然となってきた。
『本日のセレブルム、最終勝負の賞品は掛け金総額の半分と麗しい金髪の奴隷女!』
ディーラーの呼び声と共にキャビンの奥から車輪のついた台のようなものが引き出されてきた。
台の上には1本の杭が打ち込まれていて、そこには金髪の若い女が立ったままの姿で縛り付けられていた。
女は全裸の体の上に紗の布を幾重か巻かれただけのしどけない姿で、クスリでも使われているのか昏々と眠っている。長く濃いまつげが繊細な顔立ちに柔らかな影を落としていた。
―――美しい女だった。
ただ美しいというだけでなく、その女には何だか一種説明のしようのない魅力があった。
黄金色の豊かに長い髪、柔らかで温かそうな白い肌、繊細で愛らしい顔立ち、華奢な中にも均整の取れた女らしい体つき・・・・。
その姿には不思議なことに聖女のようなつつましさと、男心をそそるなまめかしさ、少女のようなあどけなさと、母親のような優しさが見事に調和していた。
抱いて寝るのにいい肉感的な美女、というのなら他にもいる。
だけど、この女は違った。
こちらを向いて微笑んで欲しいと思うような、
自分だけのものにしたいと思わせるような・・・・ この女には、そんな奇妙な魅力があった。
どこからともなくため息の波が湧き上がっていた。
「どうです?あちこち転売された傷物じゃありませんよ。正真正銘の素人女です。」
賭場の男は女の細いあごに手をかけると、うつむき加減だった顔をぐっと持ち上げた。
なまめかしい桜色の唇と、白々としたうなじのラインがあからさまになって、会場からはまたひとしきりため息がこぼれた。
「お宝をもっとよく拝ませてくれよ。」
輪の中の一人が大声で叫んだ。
台を引いてきた男がにやりと笑って女の襟元の薄紗に手をかけたその瞬間。
「触るな!」
いきなりヨカナーンが声高に怒鳴った。
そのすさまじい剣幕に、あたりは一瞬水を打ったように静まり返った。
―――オレも驚いた。
こいつが命令形で言葉を発するのを聞くのは初めてだった。
叫んだり怒鳴ったりすることも、・・・戦闘中ですら皆無だった。
ヨカナーンは眉間に皺を寄せたまま大股に女の方に歩み寄ると、黙って着ていた皮のマントを脱いで女の首から下を覆った。
「おい!余計なことするな!」
どなったヤツは、ヨカナーンから火花が出そうな目つきで睨まれて黙り込んだ。 こんなヨカナーンの表情も初めて見るものだった。
「この女は賭けの勝者のものになるのでしょう?・・・・だったら、今から値打ちを下げる必要はないんじゃないですか?」
皮肉な口調でそこまで言うと、ヨカナーンはいつもの落ち着き払った表情で私を振り向いて長い指先でゲームの卓上を指差した。
「有り金全部、そこに積んでください」
「全部ってお前・・・」
「いいから早く」
俺がルビアから渡された軍資金をテーブルの上に積み終わるのを待って、ヨカナーンはディーラーに向き直ると言った。
「ルールブックがあったら見せていただけませんか?」
めったに使わないしろものだが、一応、もめた時のためにルールブックは常設されていた。
ヨカナーンは手渡されたルールブックを、一気にめくった。
とても読んでいるとは思えない速度でそれをめくり終えると、ヨカナーンは本をサイドテーブルに置いて顔をあげた。
「・・・お待たせしました。始めてください。」
セレブルム・・・・。それはごく単純なカード・ゲームだった。
カードを捨てて引いて、それを繰り返しながら役を作っていく。
コツや技術みたいなものはもちろんあるが、大体は運で勝負が決まる。
それにしても初めてで有り金全部賭けるなんていうのは無茶な話だった。
ゲームが始まると、ヨカナーンは完全に無表情になった。
そして、カードがわずか三、四巡したあたりで、ヨカナーンはいきなり片手を開けた。
「スフィーダ。・・・勝負します。」
周囲がざわめき出す。あまりにも早かった。
何人かは札が揃わないのか、札を投げ捨てて棄権した。
ヨカナーンが手持ちのカードをさらりとテーブルに広げた。
ガーディアン-7、ソード-8、ドラゴン-9、スケルトン-10、フールのストレート。
決して強い札ではなかった。が、何しろ早かった。
他の連中が競ってテーブルに放り出した札は、どれもヨカナーンの役を超えてはいなかった。
「私の勝ちですね。」
「待て・・・・いかさまじゃねえのか?」
「いかさま・・・?」
ヨカナーンの眉があがった。
「好きにしらべなさい。」
ヨカナーンは自分の前の札を集めると、男の目の前に突き出した。
男が渡された札をひねりながら、なおも納得できない様子でいるのを見ると、ヨカナーンは更に卓上に流れた札を鷲づかみにして男の鼻先につきつけた。
「いいですか、頭からいきますよ。 ドラゴン-2、ガーディアン-7、スケルトン-5、ガーディアン-5・・・・・・」
ヨカナーンの言葉に合わせて札をめくっていた男の顔が徐々に青ざめてきた。
呆れたことに、ヨカナーンは場に出された札を、札だけではなく、出された順番と出した人物まですべて覚えていた。
つまり、こいつが勝ったのは偶然じゃなかった。ヨカナーンはわずかな条件の中から他のプレイヤーが集めている役を類推し、妨害しながら、自分では最速で出来る役を組み立てたのだ。
50枚近くの札の数字と絵柄をヨカナーンは顔色も変えずに一気に言ってのけた。
「納得していただけましたか?」
男が押し黙ったのを見ると、ヨカナーンは女に歩み寄り、女を柱に縛り付けている革紐を切ろうとして・・・・ふと手をとめた。
急に怯えたように女から目をそらすと、ヨカナーンは俺を手招いて、
「お願いします。」
そう言って台から離れていった。
俺が女を抱き上げるや否や、ヨカナーンは賞金には目もくれずさっさと賭場に背を向けた。
「急ぎましょう。追ってきます。」
廊下に出たときには俺達はもう駆け足になっていた。
「お前が目立つことするからだぞ 」
俺は小声で抗議した。
正体はもうバレたも同然だった。去りぎわに誰か「・・・黒の魔術師」とささやく声がした。
全く・・・今日のこいつの行動ときたら、普段じゃ考えられないことだらけだった。
高速艇に乗り込みハッチを出ると、今度はヨカナーンは通信機を手にして、いきなりベースに向かって空母の出動を要請し始めた。
「逃げるんじゃないのか?」
「今の船、他にも捕虜を積んでます。助けないわけにはいかないでしょう?」
怒ったような口調でそれだけ言うと、ヨカナーンはそのまま黙り込んでしまった。
空母にドックインすると、ヨカナーンは「後は頼みます」と、女の方に顎をしゃくったまま、すべるように飛び出していってしまった。
あれだけ大げさに騒いで助け出した割には、高速艇に乗り込んでからヨカナーンはこの女の方をちらりとも見ようとはしなかった。
「何なんだよ・・・全く・・・・。」
訳がわからずに、女の体を抱き上げると、ぐったりしていた女の唇が少しだけ動いた。
女は笑ったような顔をして、そしてその唇からひと言だけ、言葉がこぼれた。
「・・・・ルヴァ。」
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