47.裏切り(1)

Luva


白旗を揚げたカジノ船を、我々は結局、カイゼルまで曳航して戻った。

本当ならルナにでも引き渡してその場でケリをつけてしまいたかったのだが、ルビアがそれを許さなかった。最近ルビアは身近な強国ルナに対して明らかな対抗意識を持っていた。要は手柄を取られたくなかったのだ。

私は後始末の一切をファルクに託し、一つだけ念を押した。
「とにかく、事情徴集が済んだら捕虜達は一刻も早く解放してやってください。できれば本来の行く先まであなたが船で護送してくれませんか?」

「あの女は・・・・?」
ファルクが首をかしげた。
「お前が助けたんだろ?どうするんだ?」

恐れていた話題に触れられて、私は思わず身震いした。
「・・・・捕虜は全員です。例外はありません。」
表情を固くする私に、ファルクは腑に落ちないという顔をしながらも、さすがにそれ以上は聞かずに出て行った。



そして、その翌日・・・
今度こそルビアが、部屋を訪ねてきた。

「急に呼び戻して悪かったわ・・・。どうしても、聞いて欲しい話があったの。」
そういうとルビアはやや固い表情をして椅子に腰を下ろした。
その横顔はやや青ざめて、心なしか少しやつれたように見えた。

「実は、言おうかどうしようか迷ったんだけど・・・。」
テーブルの上で両手を組んで・・・その爪先を見ながらルビアは静かに言った。


「子供ができたのよ。」


「・・・・・誰の、ですか?」
しばらくの沈黙の末、私は愚にもつかない質問を口にした。

「・・・・それがあなたの答え?」
ルビアがゆっくりと私の顔を見上げた。

「・・・・いえ。すみません。確認したかっただけです。」
私は静かにルビアを見返した。彼女の態度を見れば、答えは明白だった。

「・・・安心なさい。認める必要はないわ。私に必要なのは跡継ぎで夫じゃないわ。」
「認めます。事実は事実ですから・・・責任は取ります。・・・あなたの・・望むとおりに・・・。」
「責任・・・・?」
ルビアの唇がかすかに震えた。

「そう?・・・責任をとってくれるの?それじゃあ私のことを・・・この子のことを愛してくれる?できないでしょう?無理でしょう?」

「ルビア・・・。」

「・・・・ごめんなさい。」
ルビアは激昂した自分をなだめるように、うつむいたまま長い髪をかきあげた。

「無駄な話は止めにしましょう。できないことを言っても仕方がないわ。・・・・そう?責任を取ってくれると言うのなら、私の要求はただひとつよ。」

ルビアはゆっくり顔をあげると、私に視線を戻した。

「生涯ここに留まり、臣下として私に忠誠を尽くすこと。命令にはすべて従ってもらいます。違背は許しません。・・・・・・どう・・・?責任をとってもらえるかしら・・・?」

「・・・・承知しました。」
私は黙って頭をさげた。


彼女の言うことは至極理に叶っていた。
所詮私に出来ることと言えば、その程度に過ぎない。

愛する・・・それはもう、自分には無理だった。
自分のことすら愛せないのだ。
私には、無理だった。



「おい、ヨカナーン。」

出し抜けにファルクがノックもなしに飛び込んできた。
入ってくるなりこの場のただならぬ様子に気づいたようで、ファルクは「しまった」というように首をすくめた。

「・・・おっ、すまん。取りこみ中だったか?」
「かまわないわ。・・・どうしたの?」
私が声をかけるより早く、ルビアが顔を上げて応えていた。

「こないだお前がカジノで助けた女が、『どうしてもお前に合わせろ』って言い出してな・・・。」

ファルクの言葉に私は愕然として腰を浮かせかけた。
「私のことを言ったんですか!?」
「いやその・・話の流れでさ、そしたらその・・・・その女、『どうしても』って言いだして、・・・実はもうそこまでついてきちまってるんだ・・・。」

「・・・・・・・」
私は心の中で舌打ちした。
ファルクはすっかりアンジェリークに篭絡されているようだった。
昔からそうだった。あの人に真剣に何か頼まれて断れる人はそうそういやしない。

いつの間にか椅子から立ち上がっていたルビアは腕組みをしながら二人のやりとりを聞いていた。カジノ船での出来事は既にファルクから聞いているらしい。 口元が皮肉に綻んでいた。

「いいじゃない。お礼ぐらい言わせてあげなさいよ。・・・ファルク、お通しして・・・。」

「ルビア・・・。」
「忘れたの?命令には絶対服従よ。」
動揺を隠せずにいる私を前に、ルビアはぴしゃりと決め付けた。
「私のことなら気にすることないわ。話が終わるまでここで待ってます。」

ルビアはくるりと身を翻すと、部屋の奥の寝台に上がりこんで、中から音を立てて帳を引いてしまった。

それはいつものルビアにはおよそ似つかわしくない、奇妙で突飛な行動だった。
客人を呼び入れておいて、自分もこの場に留まろうとする、私はルビアのその意図が読めずに、戸惑っていた。



動揺を鎮める時間も無いそのままに、背後でノックの音が響いて・・・


そして

―――運命の扉が開いた。



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