48.裏切り(2)
Angelique
そこにいる人物を一目見て、私は思わず声を上げて駆け寄りそうになって、 そしてまた急に立ち止まってしまった。
その人は私を見ても眉一つ動かさなかった。
ちらりと私を一瞥すると、あっさりと目をそらしてしまった。
そこにいるルヴァはルヴァのようでもあり、ルヴァにそっくりの別人のようでもあった。
ルヴァだったら私には絶対分かるはずなのに・・・・。
私の半分はルヴァだと言い、残りの半分はそれを認めなかった。
ルヴァが素肌の上に来ている黒いレザーの長衣は、ルヴァだったら絶対選ばないようなもので、 ルヴァだと思えば全く似合ってなかったし、そうじゃない他人と思えばある意味板についていた。
黒尽くめの人物は唐突に口を開いた。
「何しに来たんですか・・・・・・。」
その声を聞いて私は震えた。
あまりにも懐かしい、愛しい声だったから。
そして、その声の調子が、考えられないほど冷たいものだったから。
「ルヴァ・・・・ルヴァでしょう・・・?」
「誰ですか、それは?」
目の前の男は冷たい目をして、馬鹿にしたようにこの言葉を言った。
「うそ・・・・絶対、ルヴァよ。どうして知らん顔、するの?」
目の前の人物はかすかに肩をすくめると、ため息をついた。
「知らん顔してあげようかと思ったのに・・・・どうしてもはっきりさせたいんですか?」
「・・・ルヴァ・・・。」
「あなたが言ってるその人物は、もういません。彼が愛した女性ももういない。・・・・今更会ってどうしようっていうんですか?」
「・・・言ってることの意味がわかりません・・・・。」
「気にしなくていいんですよ。・・・お互い様ですから。」
「どういうことですか?」
「同じことですよ。あなたが一人でいられなかったように、私も一人じゃないんです。」
ルヴァはゆっくりと部屋の奥の寝台に歩み寄ると、片手で帳を引きあけた。
「・・・・・・・・」
帳の奥では美しい黒髪の女性が驚いたように目を見開いてルヴァを見上げていた。
「いらっしゃい・・・・」
ルヴァに手を取られて、黒髪の女性は一瞬困惑したようにかぶりを振ったけど、結局はルヴァの手で易々と寝台から引きずり出されてしまった。
美しい・・・・とても美しい人だった。
皮の民族衣装の間から垣間見える白い肌は同性の目から見てもまぶしいほどだった。
ルヴァが相変わらずその女性の手を握ったままなのを見て、私は呼吸が苦しくなった。
ルヴァはしばらくじっとその女性を見つめていたかと思うと・・・・
片手がゆっくりと伸びて、その人の黒髪に触れ、そのまま激しくひきよせた。
ルヴァがその人の黒髪に指を絡めて、唇に口づけするのを、私は悪い夢でも見ているように呆然として見つめつづけていた。
膝頭がカタカタと音を立てて震えている。
違う・・・全身が止まらずに震えていた。
力が抜けていく・・・立っていられずにその場に崩れそうになって、私は必死でそばにあった椅子の背を握り締めた。
黒髪の女性は最初のうちはためらうそぶりを見せていたものの、徐々に逆らうのを止めて、ゆっくりと口づけに応え始めた。
二人は舌を絡めあって貪るように口づけを続けている。
私は段々足元から力が抜けていくのを感じながら、それをただ呆然と見ていた。
「人が・・・見てるじゃない」
やっとルヴァが唇を離すと、黒髪の女性は心なしか頬を染めて責めるように言った。
「別に?恥ずかしがることないでしょう?・・・ここに子供までいるのに・・・・?」
ルヴァが再び女性を引き寄せて、その手が女性の真っ白な腹部をうねるように愛撫しだしたのを見て、私はもう立っていられなくなりそうなほどの衝撃を受けていた。
「うそ・・・。」
やっとの思いで搾り出したひと言に、ルヴァは振り向きもせずに答えた。
「まだいたんですか?・・・・ 早くお帰りなさい。あなたを待っててくれるひとのところへ・・・。」
「お願い!・・・ねぇ、お願い!ルヴァ!こっちを見て・・・・私を見て話してよ!」
必死で言った言葉に、だけどルヴァは振り向かなかった。
「誰に話をしてるんですか?・・・・・・その名前の人は、もういないんです。
・・・・・死んだんですよ。」
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