49.裏切り(3)

Angelique




夢中で部屋を飛び出して、
長い廊下をメチャクチャに走って・・・



気がつけば、私は宿舎に割り当てられた一角に戻ってきていた。


足の震えはまだ止まらない。
泳ぐような手つきで、廊下の手すりにつかまると、私はそのままずるずると座り込んでしまった。



嘘・・・信じられない・・・信じない・・・・。

ずっしりと重い頭の中で、今しがた目にした光景が鮮やかによみがえった。

違う・・・・・。ルヴァじゃない。あれはルヴァじゃない。
あんなの、ルヴァじゃない。





違う・・・・。



あれはルヴァだった。本当にルヴァだった。
自分が一番良く知っている。見違えるわけがない。


足元の地面はとっくに硬度を失っていた。
支えてくれるものは何も無い。




ずっと、・・・ずっと夢見てた。

いつか貴方が迎えに来て、私たちを見つけてくれる。
あなたは私を見かけると、大声で私の名を呼んで
飛ぶように走ってくる。
息が止まりそうなくらいぎゅっと私を抱きしめて、
何度も何度も繰り返しキスをして、
私の髪をなでながら
「辛かったでしょう?良く頑張りましたね。」って、
そう言って私のこと、褒めてくれる。

そのときには 、今まで辛かったことも不安だったことも全部嘘みたいに帳消しになって、
私は何もかも忘れて、あなたの胸の中で大声で泣けるはずだった。

そうなるはずだった。
ぜったい、そうなるはずだった。

自分で勝手に、そう決めていた・・・・・。




立てない・・・。
もう何にもない。
足元から力が抜けちゃって、どうすることもできないのに
涙が出てこない・・・・。



・・・・きれいな人だった。

『ここに子供までいるのに・・・』

ルヴァの言葉が耳によみがえる。


そうか・・・ルヴァ、子供ができたんだ。

じゃあ、やっぱり、もうだめ。
もうルヴァは戻ってこない。


泣き喚いたり、しがみついちゃいけない。
私たちよりももっと、ルヴァを必要としている人たちがいるんだ・・・。

子供には親が必要だもの。
幸せになる権利があるんだもの・・・・。



「アンジェさん!どうしたんですか!」

ぼうっとした耳の奥にアルフの慌てたような声が響いた。

「ちょっと・・・転んじゃったの。」
反射的に私は笑った。
涙も出ないくせに、何でだろう?・・・作り笑いは妙に簡単にできた。

「だって・・真っ青ですよ。何かあったんですか?」

力強く抱え起こしてくれたアルフレッドの温かい腕を、私はそっと押し戻した。
ふらつく足元を、必死で踏みしめる。

「・・・帰りましょう、主星に。ユーリが待ってるし・・・。」
「えっ・・・でも、アンジェさん。・・・おじさんはどうするんですか?」

「分かったの。消息が・・・・
ルヴァ、・・・・死んでたの。」

「・・・・・そんな!・・・・・確かな消息なんですか?」

「確かよ・・・・。証拠も見たわ。
本当に、・・・・・死んでしまったの。」

「アンジェさん・・・・・」

呆然としているアルフに向かって、私はもう一度微笑んだ。

「長いこと有り難う、アルフ。本当に ごめんなさいね。もう籍を抜いても大丈夫よ。パスポートも要らないし・・・帰ったらすぐ手続きするから。」

「アンジェさん・・・俺は・・・。」

「さっ・・・支度しなくちゃ・・・ユーリが待ってるわ。」



振り向いちゃいけないと知りながら、
私は肩越しにもう一度、たった今駆け出してきた鉄塔を振り返った。

大事な大事なものを、あそこに置き残して来てしまった。
だけどもう取り戻せない。

切り裂くような思いで鉄塔から顔を背け、私は歩き出した。


ルヴァのぬくもりが胸の中から段々遠ざかっていく
暖めてくれるものはもう何も無い


さようならを言わなくちゃいけないのに・・・。
分かっているのに・・・。

だけど言えなかった。

どうしても
どうしても

どうしても・・・言えなかった。



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