53.再会(1)
Luva
どうやら私は自分の精神力を過信していたらしい。
何とか取り乱さずに済むだろうと思ったのは、私のうぬぼれに過ぎなかった。
古びた寄宿舎の校長室でユーリを待ちながら、私はすでに緊張で息が苦しいくらいになっていた。
もうすぐ会える。
もうじきあの扉を開けて、ユーリが姿を現す。
その瞬間を想像しただけで、どうにかなってしまいそうだった。
ユーリ・・・・。
どんなに会いたかったことか
何度夢に見たことか・・・。
顔を見て、・・・ほんの少し話をするだけ・・・
それ以上は決して、欲張ってはいけない。
ユーリに悟られてはならない。
何度目か同じ言葉を自分に言い聞かせながら、私にはもう自信がなかった。
「失礼します・・・。」
ノックと同時に澄んだ高い声が響き、私の視線は引き寄せられるようにドアへと向かっていた。
どっしりとした樫の木のドアを重たげに押し開けて、小柄な少年が姿を現わした。
「ヨカナーン・・・さん?」
少年は心なしか紅潮した顔をあげると、大きく目を見開いてまじまじと私の顔を見た。
不覚にも私は返事ができなかった。
ずいぶん背が伸びた・・・。
別れた頃には私の腰にも届かなかったのに・・・。
赤ん坊の頃のあの危なっかしいくらいの弱々しさは、もうどこにもなかった。
まっすぐにすくすくと伸びた手足、利発そうな澄んだ眼差し、ちょっぴり首をかしげる仕草も、はっきりと見上げる瞳も、あの頃に比べて、驚くくらい大人びていた。
何もかもすべてが狂おしいくらいにいとおしかった。
ユーリ・・・。
胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、それが、体中をめちゃくちゃに駆け回っていた。
すぐにでも駆け寄って抱きしめたいと思う気持ちと、私は懸命に戦っていた。
「あの・・・ヨカナーンさん・・・・ぼく・・・。」
ユーリは頬を赤くして歩み寄ってきたかと思うと、ふいに思い切ったように両手を伸ばした。
ユーリの小さな手のひらが、ふわりと私の手に触れた。
幼い、柔らかな手のひらが、私の右手を押し抱くように握り締めた。
「ヨカナーンさん・・・。」
ユーリは、顔を上げると、まっすぐに私を見た。
「ありがとうございます。僕・・・・ずっとあなたにお礼が言いたかったんです。僕の学費とか寮費とか全部面倒見てくださって・・・・。それに、毎週のレポートも・・・・。
僕、いつも、あなたがいったいどれだけ時間をかけて僕の為にあれを書いてくれてるんだろう?って思ってたんです。・・・・だけど・・・・それなのに、僕、どうしてもちゃんとしたのができなくって・・・・。いつもヨカナーンさんをがっかりさせてばっかりで・・・・・。」
(そんなことはありません・・・・。あなたはとても立派にやっています。
もう私が教えることは何もありません。)
・・・・・そう言いに来たはずなのに、言葉が出てこなかった。
ユーリの小さな手のひらから伝わってくる温度が、全身をすさまじい勢いで駆けめぐり、痺れさせていた。
「・・・・オブライエン君」
やっとの思いで口にした言葉に、ユーリははじかれたように顔を上げた。
「・・・どうか・・・しましたか?」
ユーリは勢い込んで首を横に振ると、にこりと光がこぼれるような笑顔になった。
「あの・・・僕が思ってたのと、ぴったりの声だったから・・・・」
私がしゃべったことで少し緊張が解けたのか、ユーリははにかむような笑顔になると言葉を続けた。
「あの・・・だけど僕、もうオブライエンじゃないんです。今度手紙に書こうと思っていたんですけど、苗字が変わって・・・母の姓に戻ったんです・・・。」
「えっ・・・?」
母の姓になった・・・・?
私は一瞬耳を疑った。
それは・・・聞き捨てならなかった。
「お父さんは・・・どうなさったんですか?」
「あの・・・・」
一瞬ためらう様子を見せた後、ユーリは思い切ったように顔を上げて私に告げた。
「黙っていてごめんなさい。あなたには本当のことを言います。
オブライエンさんは、僕の本当のお父さんじゃなくて・・・・ 本当は僕達、戸籍を借りてただけなんです。」
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