54.再会(2)

Yuli


「戸籍を・・・・・借りた・・・・?」

僕の言葉に、ヨカナーンさんはいきなり凍りついたような表情になった。

「・・・・・・どういうことなんですか?」


食い入るような目でヨカナーンさんに見つめられて、僕は心臓がどきどきし始めていた。
もしかしてこれって、言っちゃいけないことだったんだろうか・・・?
だけど、僕はやっぱりどうしてもヨカナーンさんに嘘をつく気にはなれなかった。
僕はおずおずと話し始めた。

「黙っていてごめんなさい。僕達本当は移民なんです。本当の父は僕が小さい頃からずっと行方不明で・・・・。だけど、僕が学校に入るのと、母が父を探しに行くのに市民権が必要だったんで、アルフレッド叔父さんが・・・・・あの、・・その人は、父の親友の息子さんなんですけど、・・・その人が僕達に戸籍を貸してくれたんです。」

「お父さんの、親友・・・?その方は・・・その人はもしかして・・・」
「エドワード叔父さんをご存知なんですか?あの・・・考古学者のエドワード・フレイクスさんという方なんですけど。」

「・・・・・・・・・」

一瞬、ヨカナーンさんがふらりと、分かるくらいに大きくよろめいた。

「ヨカナーンさん?」

慌てて駆け寄った僕の肩を、それより先にヨカナーンさんががっしりと掴んでいた。

「お母さんは、・・・今、どこにいらっしゃるんですか?」
「家に・・・市内のアパートに・・・住んでます。」
「私に住所を教えていただけませんか!・・・・ お願いします。」

僕の肩をつかんだヨカナーンさんの手のひらは、はっきりと分かるくらい震えていた。
僕は戸惑いながらもノートのページを破って、そこに家の住所を書きつけた。

会うのは初めてのヨカナーンさんに家の住所を教えるなんて、普通じゃないってことは分かったけど、・・・・だけどヨカナーンさんは悪い人じゃないし、その必死な表情を見ていると、何だか言うことを聞かずにはいられなかった。


「これ・・・家の住所です・・・。」

「・・・・・・・・。」



僕はびっくりした。


メモを受け取った直後、ヨカナーンさんは膝を折って屈みこんだかと思うと、僕のことを驚くほど強く、息が止まりそうなほど抱きしめたから。


それはとても暖かい胸だった。
母さんとは違う、もっと大きくて強くてがっしりした胸。
抱かれた瞬間に、つんと鼻にくる皮の上着の匂いの奥からなんだか懐かしいインクみたいな匂いがした。

それは僕がずっと求めていた感触だった。


突然、・・・・なんでだか分からないけど、僕は唐突に引きつるように泣き出した。

「・・・・お・・とうさん。」

なぜか僕はこう口走っていた。
ヨカナーンさんはお父さんじゃないのに。
自分でもわけがわからなかった。
僕はヨカナーンさんの衣の胸の辺をしわくちゃになるほど握り締めて、その上にぽろぽろと涙を振り落としながら声を上げて泣き続けた。 ヨカナーンさんは黙って僕をじっと抱きしめてくれた。

そう、僕は知らず知らずのうちに、ヨカナーンさんの影にずっとお父さんの姿を重ねていたんだ。
こんな風にお父さんに抱きしめて欲しかったんだ。


「ユーリ」

ふいにヨカナーンさんが僕の名を呼んだ。
とても優しい愛情深い口調だった。

泣いたままの顔で見上げた僕を、優しい表情で見下ろして、ヨカナーンさんは言った。

「私の大切なユーリ。ここで待っていてください。あなたをすぐに迎えに来ますから・・・・。」


そう言うとヨカナーンさんは立ち上がり、衣の裾を翻して、飛び出していってしまった。


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