55.再会(3)

Yuli



「・・・・・・お父さん?」

僕はヨカナーンさんが去って行った戸口を眺めて、呆然とつぶやいた。


お父さん・・・・・お父さんだ、間違いない。

僕をあんなに強く抱いてくれた。
僕を抱いて「私の大切なユーリ」って言った。


・・・・・あの手を離しちゃいけない。

僕は咄嗟に思った。
離れちゃいけない。今離れたら、また会えなくなったら?

お父さんに会ったら言いたいことがたくさんあった。
まだほんのちょっとしか触れていない。ほんのちょっとしか見ていない。
もっと声を聞きたい。もっと抱いて欲しい。

僕はロビーにすっ飛んでいくと、すぐさま母さんに電話をかけた。
長い呼び出し音が響き、母さんはいつまでも電話口に出なかった。
どこに行ったんだろう・・・・こんな肝心な時に・・・・。僕はあきらめて受話器を置いた。

僕は教務課に駆けつけると事務の人を捕まえて尋ねた。
「あの・・・さっきの人、ヨカナーンさんと連絡を取れませんか?忘れ物をしていかれたんです。」
さいわいこの事務の人はいつも奨学金の件で窓口をしてくれている人で、急いで空港に連絡を取ってくれた。

「今移動中のようで、つかまらないわ。空港に飛行艇が停泊してるから、そちらにお届けすれば間に合うかもしれないわね。」
学校で預かって届けるから・・・という事務局の人を振り切って、僕は空港に向かった。




バスを乗り継いで空港に着いたときには、お父さんの飛行艇は出た後だった。
「その飛行艇なら、ついさっき出発しましたよ」
「・・・そんな・・・・・」
空港の係員の話に、僕は愕然とした。

別れてからまだ1時間くらいしかたってないのに・・・・。


落ち着け、落ち着け・・・・・。
僕はどきどきしている心臓を押さえた。
お父さんは、母さんの連絡先を聞いた。あの様子だったらすぐに母さんを尋ねたはずだ。
それがこんなにすぐに、慌しく出発したということは、母さんに会えなかったんだ。
仕事で急用でも出来たんだろうか?

だけどお父さんは「すぐに迎えにくる」って言った。
お父さんは絶対、約束を破ったりしない。迎えに来られないなら、連絡をくれるはずだ。 僕は念のためコイン電話から、学校に電話をした。 ヨカナーン氏からは特に電話は入っていない、ということだった。


僕は決めた。
追いかけよう。
待ってなんかいられない。

今なら航空機さえあれば、出たばかりの飛行艇の航路を計器で追うことができる。
時間が経てばそれすらもう不可能だった。

うまい具合に空港のすぐそばに学校の航空教練所があった。
ぼくは入り口で学生証を見せると、「昨日の授業でドックに忘れ物をしました」と、真っ赤なうそをついた。
何度か実地訓練で来た事のあるドックにもぐりこむと、僕は燃料が入っていてすぐに発進できそうな小型機を探した。
燃料と計器類をマニュアルどおりにチェックする。運転は正直苦手だったけど、マニュアルだけは頭から丸暗記している。
大気圏を出たことは一度しかない。怖かったけど、自信がないなんていってる場合じゃなかった。

僕はチェックが終わった機体に飛び込んだ。



お父さんはいつも言ってた。「この世には奇跡なんてない」って。「奇跡に思えるものも意外と努力や熟慮の結果なんだ」って。だからカンペキに準備することが必要で、それがあってこそ奇跡が起こるんだって。

母さんは全く別なことを言った。
「考えても仕方ない時があるのよ」、って。 「こうだ!と思ったときにぐずぐず考えて後で後悔するくらいなら、潔く失敗した方がいい」って。

今回、僕は母さんの意見を採用することにした。

心臓がばくばくしてる。

戻ったらきっと退学になる。下手すると警察行きかもしれない。
・・・・ というか生きて帰って来れるんだろうか?
そんな考えを僕は全部心の中から押しのけた。
どうなったって知るもんか。お父さんを捕まえるんだ。


・・・そしてもう絶対に離れない。


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