56.あなたのためにできること
Angelique
私たちは目隠しをされ、後ろ手に縛られて、お互いに会話が出来ないように猿轡をかまされると、二人の男に荷物のように担がれて小型機に押し込められた。
小型機は私たちを乗せたまま離陸して、ほどなく大型機にドックインしたらしいことが気配で分かった。
そして、更に数時間放置された後で、私たちはやっと小型機の中から担ぎ出された。
目隠しと猿轡を外されると、目の前にはさっきの金髪の男が立っていた。
黒髪の男はルビアさんの目隠しを外しているところだった。
慌しく周囲を見回すと、そこはかなり大型の飛行艇の内部のようだった。
むき出しのコンクリートで覆われた倉庫のような船室の窓から見える景色は、ここが既に主星を遠く離れた星域であることを示していた。
―――ここに来るまでに、私は心を決めていた。
私は金髪の男の顔をにらみつけるようにして口を開いた。
「地の守護聖ルヴァの妻をさがしていると言ったわね?・・・・・私は元女王補佐官アンジェリーク・リモージュ・・・私が彼の妻よ。私に何の用?ちゃんと話していただけないかしら?」
彼らは「ルヴァの思い人」と言った。
ルヴァに愛されているのはルビアさんで、私じゃない。
私はわざと取り違えた振りをした。
彼らの目的がルビアさんだとしたら、彼らの手にルビアさんを渡すわけにはいかない。
「オブライエンさん・・・。」
何かいいかけたルビアさんに向かって、私は振り向くと巻き毛の人に見えないように、こっそり口の動きだけで言った。
( こ ど も・・・・。)
子供のことを考えてあげて。・・・・無茶しちゃダメ。
そう言うつもりだった。
そう、・・・ルビアさんのお腹にはあの人の子供がいる。
私はルビアさんと その子を守らなきゃいけない。
巻き毛の男はにっこりと笑うと、馴れ馴れしく私の髪に手を伸ばして指先で絡め取った。
「そう?あんたがそうなんだ?・・・じゃあ、あんたが私たちの遊びに付き合ってくれるんだね?」
「遊びって・・・・どういうことですか?」
私は我慢して髪の毛を男が弄ぶのに任せたまま応えた。
「さああ、それは・・・付き合ってもらえればすぐに分かると思うけど?」
ここが勝負のしどころだった。私はまっすぐに金髪の男の顔を見上げた。
「分かりました・・・あなたたちの言うことを聞いてもいいわ。
・・・ただし、あの人は帰してあげて。」
男が面白そうに首をかしげるのを見て、私はたたみかけるように言った。
「あなたが用があるのは私でしょう?この人は関係ないわ。帰してくれるなら出来る限り・・・ううん、喜んであなたたちに協力します。ダメなら一切言うことは聞きません。無理やり聞かそうっていうなら、舌噛んで死んでやるから。本気よ・・・どうせ・・もう、何も怖いものなんかないんだから・・・・。」
「・・・・いいよ。」
しばらくの沈黙の後、金髪の男は首をすくめながら、驚くほどあっさりと承知した。
「ルード。」
眉をひそめる黒髪の男に対して、ルードと呼ばれた男はにこやかに笑いながら手を振った。
「いいんだよ、セト。放しておやりよ。・・・・・このお嬢さんたちも、さっきので分かったろう?その気になったら可愛い蝶々の一匹や二匹・・・捕まえるのは別に造作も無いことさ。」
「それに・・・・」
ルードは再びしなやかな指先を伸ばすと、今度は私の顎を捉えた。
「私はあんたが気に入ったよ。活きがよさそうで・・・楽しませてくれそうだ。」
顎の下をまるで愛玩動物にでもするように指で撫でさすられて、私は思わず総毛だった。
「この人にさっきの飛行艇の鍵をあげて。」
私はお腹に力を入れて、ルードをにらみつけた。
「あなたたちの言うことを聞くのは、この人がちゃんとここを出たのを見届けてからですからね。」
「リモージュさん・・・・」
二人の男に連れられてドックに戻ってくると、ルビアさんがこちらを振り向いた。
「・・・結局、ゆっくり話すヒマ、なかったですね。」
私はルビアさんに向かって微笑みかけた。
ルヴァの奥さんなんだもの・・・・やっぱり何だか他人とは思えない。
賢くてきれいだし・・・負け惜しみやひがみじゃなくて、本当にお似合いだと思った。ルヴァが選んだのがこんなステキな人でよかった。
私は自然とほほえんだ。
「・・・・あの人に優しくしてあげてね。・・・見た目ほどしっかりしてないの。気が弱くてけっこう傷つきやすくて・・・ いつもそばにいて励ましてあげなきゃ駄目なの。
冷たくされるとてんで駄目になっちゃう人なの。
・・・・・ごめんなさい・・・・知ってますよね、こんなこと・・・。」
「アンジェさん・・・・。」
「大丈夫。私はどうとでもできるから、心配しないで・・・。
・・・それと・・・・、あの人には黙っててね。・・・お願い。」
ルビアさんは大きな瞳でまっすぐに私を見たかと思うと、ゆっくりとうなずいた。
「分かったわ。・・・・あなたの気持ちは・・・。」
くるりと身を翻すと、ルビアさんは飛行艇に飛び乗った。
飛行艇が離れていくのを見届けると、私は大きく息をついた。
―――多分、これでおしまい。
何となく予感があった。
私はもう生きてここを出ることはないだろう。
だってこの人たちの言うことを聞く気はおきないし、戦うには何だかもうくたびれちゃったし・・・・。
そう、実はもう、くたくただった。
何をする気力も湧かない。
逆に気持は憑き物が落ちたように落ち着いていた。
何となく満足している自分がいた。
良かった・・・・。
最後にひとつだけルヴァのために役に立ってあげることができた。
ルヴァの大事な人を守ってあげることができた。
幸せになってくれれば、それでいい。その方がずっと、いい。
ごめんね、ユーリ・・・・。
ふいにユーリの顔が目の前に浮かんだ。
ユーリはジュニアハイへの進級が決まっていた。
主星でエレメンタリーを終えれば自動的に市民になれる。
あの成績だったら、ユニバーシティまで特待生で残れるだろう。
エドワードとアルフがきっと気にかけて面倒を見てくれるだろうし・・・・・・。
それに、ごめんね。ユーリ。許して・・・・・。
私、本当に疲れちゃったんだ。
「安心するのはまだ早いよ。」
ルードと呼ばれた男がふいに耳元でささやいて、私ははっと我に帰った。
「私が親切心であの女を逃がしたと思ったら大間違いだからね。
見ててご覧?あの女は地の守護聖をここに呼ぶよ。
そうしたら、・・・どうなると思う?ステキなパーティが開けると、そう思わない?」
ルードの言葉に私は思わず微笑んだ。
あの人は来ない。・・・・・・来るはずがない。
「さて・・・・今度は私の願いをかなえてもらう番だね。」
「わかりました。・・・・何を聞きたいの?」
振り向いた私の髪をルードがいきなり、痛いくらいに鷲づかみにした。
「ああ・・・誤解しないでくれるかな?
私はあんたに質問がしたいわけじゃない。
私が聞きたいのはただひとつ・・・・・」
しゃべりながら、ゆっくりとルードの美しい・・・だけどどこか歪んだ表情が私に近づいてきて、
そして最後に耳元でささやいた。
「・・・・・あんたの悲鳴だけさ。」
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