59.あなたのもとへ

Luva



高速艇は刻一刻とルビアの知らせた位置へ近づいていた。

ルビアからは立て続けに情報が送られてきている。
詳細な位置情報、彼らの風貌、交わした会話の内容、機内の様子・・・・。

敵の正体は分からないが、ただの海賊じゃないことは明らかだった。
彼らは”地の守護聖の母親に用がある”と言ったのだ。
その意味に、私は既におぼろげながら察しがついていた。

彼らはアンジェリークだけではなく、ユーリのことも狙っているのだ。

操縦桿を握る手に汗が浮かんだ。



何の準備もせずに、主星を飛び出してきてしまった。
カイゼルは遠い。ルビアが軍を呼び寄せて応援に駆けつけるのに、三日はかかるだろう。

・・・・・待てない。

移動用の高速艦には戦闘装備など全くなかったし、あったとしても自分一人で歯が立つ相手ではない。

・・・・・・それでも待てない。

理性は待てといった。
策を練れ、情報を集めろ、万全を期すのだ。このままじゃとても勝ち目はない・・・・。

だけど、やっぱり、それでも・・・待てない。


気持ちが焼け切れそうだった。
一分も・・・一秒だって待てない。

この世でただ一人愛しい人が、苦しんでいるのだ。
どこかで震えながら 、一人ぼっちで泣いているのだ。
それを救えないような男は、死ねばいいのだ。

そうだ ・・・・あなたを救えないなら、あなたのそばで死ねばいいのだ。


アンジェリーク・・・。


何にも要らない。
今すぐ、あなたのすぐそばに行きたい。

あなたの顔をもう一度網膜に焼き付けて
あなたの声を鼓膜に刻み込む
ほんの少し、あなたの手のひらに触れて、
その体温を全身にしみこませる。

その先のことなんか、どうでもいい。
ただ、今すぐ、あなたに会いたい・・・・。


アンジェリーク 、あなたの元へ・・・・・。
一秒でも速く、一ミリでも近くへ




ポイントを超え、高速艇は小惑星群の散在する星域に入った。
磁場の影響で粉塵が絶え間なく捲き上がり、視界がきかない。
レーダーを頼りに、速度を落とさないよう必死で操縦桿を操っていると、やがて小惑星の影から、黒い巨大な戦艦が姿を現した。

位置も、戦艦の形状も、ルビアが知らせて寄越したものとピタリと一致していた。

速度を緩めずに近づいていくと、いきなり戦艦のハッチが開いた。
まるで「来い」と言わんばかりだ。

敵が準備しているのは明らかだった。
罠にはまりに行くようなものだ。


それでも私は迷わなかった。
少しでも早く・・・・少しでもアンジェリークの近くに行く。
他の選択肢は一切存在しない。

速度を落とすと、私はハッチの中にそのまま突っ込んだ。








ドックで高速艇を降りると、目の前には待ち構えるようにエレベーターのドアが開いていた。船底に向かうドアはロックされている。他に進路はない。私はエレベーターに飛び乗った。



扉が開くとそこは、戦艦のオペレーションルームのようだった。


「ようこそ、地の守護聖殿・・・。」
出迎えた二人の男のうち、金髪の方が皮肉な口調で言った。

「今はもう守護聖じゃありません。ただの民間人ですよ。」
「どっちでもかまわないよ。サクリアは失っても、あんたが相変わらず私たちにとって重要人物であることに変わりはない・・・。」


駆け引きを仕掛ける心の余裕はなかった。私は性急に切り出した。

「すみませんが、世間話をしている暇はないんです。単刀直入に伺います。どうすれば返していただけますか?」
金髪の男は少し肩をすくめたかと思うと、華やかな・・それでいてどこか皮肉な笑顔になった。
「あんたはもうちょっと駆け引きが上手だって聞いてたけど?いいのかな?そんなに簡単に手の内を見せちゃって・・・・?」
「質問に答えてください。何か目的があってこんなことをしてるんでしょう?要求は何であれ呑みます。とにかく返してください。」

男は私の言葉ににっこりと微笑むと、ゆっくりと、言った。

「あんたに絶望して欲しいんだよ。」
「・・・絶望?」
男の言葉に、私は思わず奥歯を噛み締めた。
「・・・・・これまで以上にですか?」



「いいよ。返してあげよう。倉庫にいるから探して見るんだね・・・。
・・・『今ならまだ』息があると思うよ。」

男の言葉に、脳天を殴られたような衝撃が全身を走った。
予想していなかったわけじゃない。
酷い目にあっているのではないかという想像を、ここに来るまで何度も、浮かび上がるたびに押し殺して来た。

「彼女に・・・・何をした・・・。」

握った拳が震えていた。
私は思わず男の目をまっすぐに睨みつけた。

「そんなに怖い目で睨まないでくれるかな?ここで相手になってもかまわないけど・・・いいの?もうあと何時間も持たないと思うけれど・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

男に背を向けると、私はまっすぐにドアに向かった。
この男のしたことは許せない・・・・だが、
今はアンジェを救い出す方が先だった。


ドアの前には黒髪の男が道をふさぐように立っている。

背後から金髪の男の声が再び私を呼び止めた。

「おっと待った。ただ行くんじゃつまらないだろう?ゲームにはルールが必要だ。・・・今からルールを説明するよ。」

「ここからあんたの天使のいるところまで、12のロックされたゲートを越えなきゃならない。 パスワードは天使の名前・・・セラフィムから大天使まで12の天使の名前が使われている。・・・・あんたには簡単だろう?・・・ただし、パスワードが通っても目の前のゲートは開かない。別な場所のゲートが一つ開いて、一つロックされる。・・・順番を間違えるといつまで経ってもゴールにはたどり着けずに、そのままタイム・オーバー・・・・・。
時間をかけさえすれば基本は単純なパズルなんだけどね・・・・まぁ、せいぜい焦らずにやることだね。」

金髪の男の最後の言葉を待って、黒髪の男が道をあけるように、ドアの前から脇に退いた。



「・・・覚えておきなさい。」

通路に出る自動ドアの前に立った私は、もう一度だけ室内を振り返った。


「・・・・もし、あの人の身に何かあったら・・・・私は自分自身と、あなたたち、どちらも許さない。」


そのまま身を翻すと、私は無機質な白色灯に照らし出された通路に向かって、走り出た。






「子供だましだな・・・相手は地の守護聖だぞ。解けないわけがない。」

セトの言葉に、ルードはいきなり引きつった声を上げて笑い出した。

「いいんだよ、解いてもらって・・・・・どうせ間に合わないんだから。」

ルードはセトに向き直るとゆっくりと華やかな笑顔を浮かべた。

「・・・・死んでるよ。・・・さっき息の根を止めた・・・。」

そういいながら、ルードはまるで最後のときのその感触を懐かしむかのように、両手を目の前にかざしてほほえんだ。

「青黒く変色した愛しいものの亡骸を見て、絶望するといい・・・。
己を責めて泣き叫ぶがいい。
あんたの憎しみがすべての歯車を動かす。
新しい地の守護聖が生まれるんだよ・・・。」


 

back   next

創作TOPへ