61.光

Luva



通信機のスイッチを切ると、私は再び顔を上げて、ゲートに取り付けられたコンソールを見上げた。


やることが一つ増えていた。
ユーリには指一本触れさせない。
彼らを足止めしなければ・・・。
できれば・・・永遠に。


ミカエル、ガブリエル、ラファエル・・・・。天使の名前を順番に打ち込んでいけば、あてずっぽうでもいずれどこかのゲートが開く。
しかし・・・そんな行ったり来たりに費やしている時間はなかった。

目を閉じて、頭の中にこれまでに集めた艦船の資料を片っ端から広げてみる。
ルビアが私の求めに応じて苦労して集めてくれた膨大な図面や資料の中には、若干ではあるがセキュリティ系統の資料も含まれていた。

セキュリティは艦船の生命線。
しかし、そのパスワードの付け方には意外に人間味が出るものだった。
旧式なこの戦艦をあの二人の若者が以前から乗りこなしていたとは思えない。
最初の持ち主のつけたマスター用のパスワードが破れれば、このコンソールからすべてのゲートのセキュリティを操作することができるかも知れない。


・・・・・船乗りの好んで使う名詞は、ある意味限定されている。


私は目を開けると、コンソールに向き合った。
船乗りに縁起がいいとされる言葉、航海にまつわる単語、神話、伝承、英雄、迷信・・・・航海日誌や戦闘記録に綴られたことば。

それらを出現頻度の高そうな順番に並べ替えると、私は端末に向かって続けざまに入力し始めた。







「どうした?」

無言でモニターを見詰めている俺の背後に、いつの間にかルードが立っていた。


「あいつ、動かない・・・・・。さっきから同じゲートの前だ。」
俺は、モニターに表示された艦内平面図の赤い点滅を指差した。
ゲートはまだ一つも開いていない。

「まさか・・・ ひとつくらいはクリアしてくれなきゃ、面白くないんだけどね・・・。」


上機嫌でつぶやくルードを無視して、俺は黙って艦内図を見下ろしていた。

「違う・・・・。あの男・・・・。」

ふいに、艦内図に映しだされた12のゲートが一斉にグリーンに点灯した。

そうか・・・・。
俺にはあいつが最初のゲートの前でもたもたしていた理由がその時やっと理解できた。

「・・・ゲートがすべてロックされた。」
「ロックした・・・?」
「マスター用のパスをかぎつけられた。あいつ、端末から全ゲートを操作してる。」
「・・・そんなことしたら、あいつも通れなくなるだろう? 」

「・・・・・・・いや・・・・。」

俺はモニターを平面図から定点カメラに切り替えた。
ゲートの前にやつの姿はすでに無かった。

「ゲートを無視して・・・さては、ダクトに入ったか・・・?」

俺の言葉に、ルードがわざとらしく笑い出した。

「ははっ・・・・傑作だね。そういうことしそうなタイプには見えなかったけどね。」
言い終えるとルードはやや険悪な真顔に戻った。
「ダクトにガスを流せば?いぶしだせるだろう?」
「止めた方がいい。艦内の構造は多分あいつの方が詳しい・・・。通風孔はこっちにもつながってる。我々も危険だ。」
「とんだ狐だな・・・。」
音をたててルードが舌打ちした。
出し抜かれたのが悔しいらしい・・・今度はしきりと爪を噛みだした。

「どうする?ジルオールを呼ぶか?」
「冗談だろう?」

俺の言葉に、ルードは叩きつけるように応えた。
「ここまで来て、みすみす手柄を横取りされちゃたまらない。」

「・・・・ゲートが閉まったということは、俺たちも閉じ込められたということだ。・・・危険だ。あの男、まだ何かやる気かもしれん・・・・。」
「パスはっ?こっちで操作できないのか?」
「あいつが使ってるのは、多分俺たちのより上位のパスワードだ。前の持ち主は知ってるかも知れないが・・・俺たちはそれを知らない。」

「 上等だ・・・・いざとなれば、体を捨てればいいことだろう?」
唇を噛んだのもつかの間・・・ルードは再び顔をあげると嘯いた。

「勝負はまだだよ・・・・あの女のざまを見たとき、あいつがそれでも平静でいられるかどうか・・・・?」







埃と油にまみれたダクトに入ると、私はすぐに目を閉じた。

ダクトの中は迷路のように入り組んでいる上に、薄暗く、視界がほとんど利かない。視力などなんの役にも立たなかった。

正確に歩幅を測りながら、ほとんど這うようにしてダクトの中を進む。
頼りはルビアが克明に知らせて寄越したキャビンとドックの間の道のりと、頭の中に刻み込まれた数十枚の戦艦の図面。

不思議なことに、いつしか頭の中の図面をたぐるその前に、体が勝手に動いているような・・・・そんな気がしてきた。


引き寄せられる・・・。
あなたのぬくもりのする方向へ
柔らかな息遣いの聞こえる方向へ


・・・・・アンジェリーク


時間は刻々と過ぎてゆく・・・。
あなたを救い出せるかどうか、私にはもう分からない。
だけど、もう・・・明日のことを考えるのは止めた。

ただ、あなたに会いたい。


いつだって、長い暗い闇の中で、
あなただけが私の光だった。
私の心に棲むどうしようもない淀んだ闇を、あなたの光がいつも柔らかく照らしていた。
その中に浮かび上がるものを、あなたは少しも責めたり嫌ったりしなかった。
全部包んで、優しく抱きしめてくれた。


あなたに会いたい。

あなたのいるところ・・・・
そこだけが、
私の帰る場所なのだから・・・・。





船底の奥深く
かび臭い倉庫のならぶ一角で、私は薄暗いダクトを抜けた。

むき出しのコンクリートで覆われた独房のような部屋が並んでいる。

間違いない・・・
強烈な予感があった。

この中のどこかに、あなたが・・・いる。



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