01.傷跡

<Angelique>


「・・・ぅ・・・うっ・・・っ、あぁ・・・」


苦しげな呻きに、ベッドの中で私は目を開けた。

「・・・・ルヴァ?」
跳ね起きて傍らを見ると、ルヴァはシーツの縁を固く握り締めてうなされていた。



「・・・・る・・・・して・・・ください・・・・」



私は枕もとのスタンドのスィッチを入れると、ルヴァの肩をそっと揺さぶった。
「ルヴァ?・・どうしたの?大丈夫?」
ルヴァはゆっくりとブルーグレイの目を開いた。目覚めたばかりなのに、どこか疲れきったような表情だった。

「私は・・・・・・何か言いましたか?」

最初の言葉はそれだった。私は咄嗟に首を横に振った。
「ううん。・・・でも、すごくうなされてたみたい。 何か嫌な夢でも見たの?」

「・・・・・・・忘れちゃいました。」
ルヴァは首をすくめて誤魔化すように微笑んで見せた。

私は黙って、ルヴァに向かって微笑み返した。
「ねぇ、良く眠れる子守唄、歌ってあげましょうか?」
「・・・・遠慮しときます。」
ルヴァは今度こそ本当に首をすくめると、笑って答えた。


スタンドを消して再び横になると、ルヴァの腕が強く私を引き寄せた。
腕の中、私を苦しいくらいに抱きしめると、ルヴァはそっと私の髪を撫でた。
私は黙って、ルヴァの温かい胸にすがりつくように頬を寄せた。





ルヴァは、ぼろぼろになって私のところに帰って来た。
背中一面と両脚の大きな火傷の跡は、戦艦が爆発したときに私をかばってできたものだった。首筋のうねるような刀傷は、私達を逃そうとして聖殿で自殺未遂を図ったときのものだと人伝に聞いていた。
聖地に戻ったとき、ルヴァの胃には大きな潰瘍ができていて、結局は手の施しようが無いままに手術で胃の半分近くを取ってしまうことになった。

普段は昔と何も変わらない。
相変わらず穏やかで、優しくて、のんきで、・・・・ルヴァは昔のままのルヴァだった。
だけど夜になると、時々こんな風にひどくうなされる。 戻ってきた当初はほとんど毎晩のことだった。
そして、うわごとの中でルヴァが決まって口にする言葉は・・・・


―――「許してください」


ルヴァが誰に、何の許しを求めているのか、私には分からない。

本当は知りたい。教えて欲しかった。
ルヴァが言ってくれない限り、何も分からない。どうしてあげることも・・・一緒に苦しむことすらできない。
だけど、カイゼルでどんなくらしをしていたのか、何をしていたのか・・・ルヴァは頑として口にしようとはしなかった。

調べようと思えば方法はあった。
ルビアさんに聞けばいい。聞けば、彼女はきっと包み隠さずに何でも教えてくれるだろう・・・


・・・・だけど結局私は、それをしなかった。


いい。分からなくて・・・・・。
ルヴァが私に知られたくないというのなら・・・。
私が知らないでいることがルヴァにとって慰めになるのなら・・・・分からないままでいい。
何も分からなくて不安だけど、もどかしくて悲しいけれど、・・・それでいい・・・・・。


「ルヴァ・・・?」


今度こそ、返事が無かった。
すっかり寝入っているらしいその姿に、私は微笑んだ。


大丈夫。・・・・私がずっとここにいるから。
離れていた間、あなたの身に何があったとしても、怖くない。・・・・ずっと抱きしめてあげるから・・・・・。


「おやすみなさい・・・・」


つぶやくと、もう一度あなたの胸にぴったりと頬を押し当てた。
眠ったままルヴァが私を更に引き寄せて、私は思わず微笑んだ。


この温かい胸に還れてよかったと思う。
それだけで、ルヴァ・・・・私は幸せだから・・・・・・・・。





<Luva>



時々、焼け付くようにあなたが欲しくなる。

一人でいた時には別段何とも思わなかった。あなたを取り戻すことだけに夢中で、他のことなんか何も考える余地がなかった。あなたを探し出し、抱きしめることができたら、あなたの笑顔を一目見ることができたら、他には何も要らないとそう思った。

あんなにも思い焦がれたあなたは、今すぐ近くにいる。
手を伸ばせばいつでも引き寄せられる。
思いのままに、どうとでもできる距離だった。


抱いてしまえばいい・・・。何度もそう思った。
彼女が拒まないのも分かっていた。
私が求めれば、彼女はためらったりはしないだろう。私が求めるものを、何であろうと即座に両手で差し出そうとするだろう。
たとえ、それが彼女にとってどんなにつらいことであっても・・・・・


だけど・・・・・。



『――― いや!』



あの時の彼女の涙を含んだ瞳を思い出すと、怖くなってしまう。
彼女を無理やり抱いて、一片の悦びも与えられなかった時のことを考えると、気持ちが急速に萎えてゆく。
何だか、そうなりそうな気がした。 情けないけど、自信が無い。



月明かりが彼女の白い顔をぼんやりと照らしている。
子供のように愛くるしい無邪気な横顔。


―――止めよう・・・・。

ため息と共に、私は頭の中のつまらない欲望を手放した。


馬鹿なことを考えるのは止めよう。
彼女の涙と引き換えに貪る悦びに何の価値がある?
そんなの実にちっぽけでくだらないことじゃないだろうか?
あなたが生きている。確かに生きていて、私に笑いかけてくれる。
・・・・・他に、何を求める・・・?




―――愛してる・・・



そっと頬に口づける。

すっかり脱力している体を無理やり懐に抱き寄せると、アンジェが寝ぼけたまま小さく笑った。
あなたが傍らにいるだけで、世界は私にとって、こんなにも優しく、温かいものになる・・・・・。



愛している。アンジェリーク。愛している・・・・・・。
こうして再びあなたのぬくもりを感じることができる・・・・・・。それだけでいい。



それだけで私は幸せなのだから・・・・・。








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