04.霊震

<Marcel>



こんなこと初めてだ・・・。

バラの花壇の前で、僕は呆然として立ち尽くしていた。
今年はいつも以上にたくさんの芽が出て葉の勢いも良くて、そろそろ苗床じゃ窮屈そうだからって、先週花壇に移したばかりのところだったのに・・・
・・それが全部・・・茶色く立ち枯れている。

南側の花壇は日当たりも水はけも良くて、草花が育つには一番いい場所のはずだった。
肥料も水遣りも十分気をつけていたし、昨日まではあんなに元気に見えたのに・・。


(・・・・ごめんね。)


花壇の傍らに膝を突くと、僕は枯れた苗を両手で土ごと掬い上げた。
うまく育てられずに草花を枯らしてしまうことはこれが初めてじゃなかったけど、・・・・それでも胸がチクリと痛んだ。



・・・・・前にもこんなことがあったっけ。



枯れてしまった花壇の前で、僕は泣きじゃくっていた。
ごめんね、ごめんね、・・・って、繰り返しながら・・・・
そうしたらあの人が来て、こう言ったんだ。


「なぁ、マルセル・・・種をまけば必ず花は咲くのかな?」


あの人は執務服に土がつくのも構わずに、僕の横に無造作に腰をおろした。
「例えば、だ・・・・花を咲かせようとして、花壇に生えてきた雑草を抜くよな・・・・お前はあれを残酷だと思うか?」

僕は答えずに泣き続けていた。
慰めようとしてくれてるんだってことは分かった。・・・・・だけど、慰めてなんか欲しくない。
目の前の枯れた芽たち・・・・・全部僕が殺したんだ。二度と生き返らない。
どんなにきれいな言葉を並べたって、それは変わらない。誤魔化せない。

「・・・・咲かない花なら生まれて来ないほうが良かったと・・・・お前はそう思うか?」

「分・・・かりません。・・・そんなこと・・・」
僕はやっとの思いで答えた。聞かないで欲しかった、そんなこと。声なんかかけて欲しくないのに・・・・・・。

「すまん・・・泣くなよ。意地悪のつもりで言ったんじゃないんだ。」
その人は困ったように頭を掻くと、そっと手を伸ばして僕の肩を抱いた。
「つまり、マルセル。お前のせいじゃない。生命っていうのはそういうものなんだ。俺達にどうこうできるものじゃない。俺達には何もできない。俺達に出来るのは、ただ見守って・・・・祈るだけ、それくらいのことなんだ。」

枯草だらけの花壇を慈しむような眼差しで見渡して、その人はつぶやくように言った。
「・・・・・生まれてくることすら出来ない命もある。たくさんある。・・・生きてるってことは、それだけ特別なことなんだ。」

「カティス様・・・・」
泣き顔で見上げた僕に、あの人は笑顔でゆっくりとうなずき返した。

「こいつらもお前にこんなに一生懸命面倒見てもらえて幸せだと思ってるさ。
ただ・・・・過保護は禁物だぞ。」
片目をつぶると、あの人は僕の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。

とても大きな手のひらで・・・・・





あの人の言ったとおりだった。
翌年、肥料や水遣りを控えめにしたら、撒いた種はあっという間に芽を出して満開に花を開いた。
一番見せたかったその人は、その時にはもういなかったんだけど・・・・。

一面に咲いたその花を見たときに、僕は決めたんだ。

確かに咲かない花はある。芽を出さない種もある。
だけど・・・だからせめて、毎日笑いかけてあげようって。
毎朝一番元気な声で「おはよう」って声をかけてあげようって。


あの人が言っていたのは、多分そういうことだと思うんだ。




(でも、おかしいな・・・・。)



僕は手のひらに掬い上げた苗と土をしげしげと眺めた。
虫や病気じゃなさそうだった。
確かに移したばかりの時はちょっぴり元気がなかったから水や肥料も多めにやったけど、根ぐされしてるわけでもなさそうだった。むしろあんなに篩って肥料をやったのに、土も根もカラカラに乾いて見えた。まるで、栄養失調にでもかかったみたいに・・・・。


「どうしたんだ?マルセル?」
顔を上げると、柵越しにいつもの二人が覗き込んでいた。
「あ、お早う、ランディ。ゼフェル。
うん。・・・・・それがね・・・・。」


バラが突然枯れた話をすると、二人は同時に首をかしげた。
「研究院に一度見てもらったほうがいいんじゃないかな?」
「あいつら今それどころじゃねーんじゃねーか?」


ガタガタガタ・・・・
ふいに何かの軋むような音が聞こえて来たかと思うと、足元の地面がいきなり大きく揺れた。

「うわっ!」
「地震かっ!」

突然の横揺れに立っていられなくなって、僕達は土の上に横倒しに転がった。

数分間、激しい揺れが続いた後で、地震は次第に収まっていった。
「ちっ・・またかよ。」
ゼフェルが起き上がりながら小さく舌打ちした。
今週に入ってからもう三度目だった。地震が起こる間隔は何だかどんどん短くなってくるみたいだった。

「ゼフェル・・・。この地震、本当に例のジルオールのプログラムとは関係ないのか?」
「っせーな、カンケーねーよ。あの腐れプログラムはなぁ、俺らもう目からヘドが出るくらい見てんだよ。だいたいここの地殻操るなんざプログラムだけでできっかよ。ハードがなきゃ無理だっつーの。おめーら警備隊がいくら間の抜けた隙だらけの警備してるからって、誰かが夜中に聖地中の地面掘っくり返して地殻変動装置埋め込むなんざ、どー考えたって無理な話だろーが。」
「何だとゼフェル!隙だらけって・・・それはどういう意味だ!」
「もう、・・・止めなよ、二人とも!」

今にもつかみ合いになりそうな二人の間に割って入ると、思わずため息がこぼれた。

「それにしても・・・・・最近何だか本当にヘンだよね。
妙な地震があったり、急に天気が悪くなったり、外でもひっきりなしに戦争だとか反乱だとか・・・・・」

「おめーなぁ、そーゆーシケタこと言うなよな。」
「そうだよ。こんな時だからこそ、俺たちがしっかりしなきゃ。」

今度は逆に両側からどやされて、僕はちょっと眩しいような気持ちで二人を見上げた。
ゼフェルはジルオールが壊した聖地の基幹システムを修正するプロジェクトのリーダーをしてる。
ランディは辺境の反乱制圧のために飛び回ってるオスカー様に代わって聖地の警護担当を買って出た。
ふたりが忙しそうに飛び回ってる姿を見てると、なんとなく自分が歯がゆいような気がした。


みんなが大変なこんな時に、
僕にも何かできればいいのにな・・・・。



「マルセル様・・・ランディ様、ゼフェル様も、こちらでしたか・・・。」
呼ばれて振り返ると、館の方から執事頭さんが息を切らして走ってくるのが見えた。

「聖殿から緊急連絡が入っております。すぐに聖殿にお集まりくださいと・・・・。」





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