宇宙の蝶(ロザリア)1



肌身離さず身につけていたものは、その人の一部となるのだと聞いたことがあります。
そのせいか、私はいつも何かしら小さなアクセサリーを、 お守りとして身に付けさせられていましたわ。
例えば、小さな銀の匙だとか、真珠のついたブレスレット、小さな耳飾り。
そうしたものは、いずれも壊れるか失くすかしてしまったのですけれど、 それでも、そのことを叱られたことは一度もありません。
私はそれらのものたちを、ほとんど自分の体の一部としてとりあつかいました。
定期的に修理にもだしましたし、大切にしてきたと思います。
不思議なことに、それらのものが壊れたり、なくなったりするのは、 なにかしら私が大切な場面にいることが多かったような気がいたしますわ。

例えば、真珠のブレスレットを誤って排水溝に流してしまったのは、 優勝したヴァイオリンのコンクールの結果発表日の前夜。
金の耳飾りの片方を雪道に落としてしまったのは、 女王候補に選ばれた日の早朝のことでしたわ。ずいぶん探しましたし、 大変なことをしてしまったと青ざめましたけれど、そのことを打ち明けると、 お父様もお母様も、「探してもでてこないものはしかたない。 無理に探すことはない。」そう言って、そのアクセサリーが私の災いを持ち去って くれたのだといいました。

それは迷信と笑われてもしかたのない考えですけれど、 幼いころからそうしたことが度々あったので、 私にも自然とそうした考えが染み付いてしまったようです。
失くしてしまったものは仕方がない。
そういう運命だったのだから。
そう思うからこそ、ものでも人でも大切にできる。失くしてしまったとき、 悔やまずにすむように・・・・・・
ものを大切にし、こだわるからこそ、それを誰かが誤って壊してしまっても、 なくしてしまっても寛容になれる。また、そうあらねばならない。 それが私の両親の教えであり、人の上に立つ者としての心得だと教えられました。
それでも、どうしても失くしたくないものがその扇だったのですわ。


小さな、銀細工の根付のついた、伽羅の青い扇。
それが私のものになったときのことを、今でもよく覚えていますわ。
はじめは、扇そのものよりも、香りが私の心をとらえました。
かぐわしい香りのする、長身の美しい小母さま。
青いドレスを身にまとい、花々の冷ややかで高貴な香りを連想させる神秘的な声の 持ち主がお客様としてカタルへナ家にいらっしゃったとき、 私はすぐにその小母さまに夢中になりました。
小母さま、と呼びましたけれど、正確な年齢はわかりません。
少女のようにも、何百年も生きた人のようにもみえました。
わかるのは小母さまがとても美しかったということ。
遠縁の、とても身分が高い方だということだけ教えられましたけれど、 その他のことは謎のまま、幼い私は、ただただ、美しい方に可愛がっていただけるのが 嬉しくて、小母さまのもとに通い、つたないピアノやヴァイオリンを披露して 得意になったりしていたのですわ。

小母さまは優しい方でしたけれど、いつもどこか寂しげにみえました。
美しい輝くような金の髪をしているのに、身にまとっている青いドレスの色の せいで小母さまは青ざめて見えました。
それが悲しくて、青いドレスを着ないで、とお願いしたこともあります。
「貴女だって青いお洋服をよく着るでしょう」
小母さまは微笑んでそう言いました。
「それは、わたくしの髪が青いからよ。でも、小母さまはそんなに見事な金髪を しているのだから、明るい色のお洋服を着なくてはだめ。」
「そうね、あなたの髪は見事なスミレ色ね。青いお洋服がよく似合うわ。 それでは可愛いロザリア、わたくしはどんな色のドレスを着たらいいのかしら?」
「一緒に選びましょう。小母さまのお部屋にわたくしを連れて行って。 わたくしが小母さまのドレスを選んでさしあげますわ。」

小母さまは少し困ったようにみえましたが、それでも私の言うとおり、 小母さまの滞在のために用意された部屋へと連れて行ってくださいました。
青い部屋。海のような・・・・・・
はじめて足を踏み入れたその部屋は小母さまの顔と同じように青ざめて見えました。
青いカーテン、青いシーツ、青いじゅうたん。何もかもが潔癖なまでに青で 揃えられていて、他の色彩の入り込む余地がないように見えました。
「小母さまのクロゼットはどこ?」
「そこよ。」
「開けていい?」
小母さまはうなずきました。
クロゼットの中はやはり、予想したとおり、青、青、青・・・・・・

「小母さまはあきれるくらい青がお好きですのね。でも、ロザリアだってたまには ほかの色を着ますわ。これは、仕立て屋を呼ばなくては。」
「まあ、そこまでするのね。」
小母さまは苦笑して青い扇を広げ、ゆらゆらと首筋を扇ぎました。
小母さまの顔にかかる青い影。
私はとっさに背伸びをして小母さまの手からその青い扇をとりあげていました。
「これは<悲しみの扇>よ、小母さま。小母さまはこんな青いものばかり使って いてはだめ。かわりにロザリアの扇をあげますわ。」
驚く小母さまの手にお誕生日にお父様からいただいたばかりの金細工の扇を握らせると、 私は仕立て屋を呼びに小母さまの部屋を駆け出していきました。




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