ここに来てから 毎年、なんとなく、この日にはこの服を着てリュートをひくことにしてる。
別に意味なんかないんだけどね。
ただ今日は私の誕生日で、私があんたと別れた日だから・・・・。
1年に1回くらいは、こうしてゆっくりとあんたのことを思い出して、あんたのお墓にお参りする替わりにリュートを弾いてあげることにしているんだ。
私達が初めて出あったのは、主星の市内の一角にある、賑やかで雑然とした裏町だった。
そん時あたしは丁度、そこの裏通りに初めての自分の店を構えたばかりだった。
それは嬉しかったさ。 何年もモデルで稼ぎながら服を作り続けて、やっと自分の服を売る場所が出来たんだ。
もちろん、最初からうまくいった訳じゃなかったよ。最初はさっぱり売れなくてさ・・・ホントにひどかった。
だけど、売れないからって投売りなんてする気は毛頭なかったし、本当に気に入った人だけが買ってくれればそれでいいと思ってた。
いきがってるといえばそうかも知れないけどね。
金儲けじゃないんだ。あたしが服を作る目的は。
だけど、何やかや言いながら、店にはぼちぼちとお客がつくようになってきた。
そんな時だった。あのコにあったのは・・・・・。
あたしはその日、モデルの巡業で1週間ほど店を留守にしていて、夜行で帰ってきたばかりだった。
帰ってすぐに仕上げなきゃならない仕事が山積みになってたんで、無理して夜行で帰ってきたんだ。
眠くてぼーっとしてたあたしが、住居兼店の鍵を開けようとしたその瞬間、晴天だって言うのに、頭の上からいきなりどしゃぶりみたいな雨が降ってきたんだ。
「きゃあああああああ〜っ!どっどど、どうしよう!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいぃ〜!」
どしゃぶりと一緒にほとんど悲鳴のような叫び声が降って来た。
見ると何度か見かけたことのある向かいの花屋のバイトの少女が、水撒きのホースを片手に呆然として立ち尽くしてた。
どうやらよそ見かなんかした拍子に、アタシの頭の上から大雨を降らせてくれちゃったらしい。
よっぽど慌てたのか、女の子が持つホースから溢れた水は、今度は本人の頭の上から、どぼどぼと降り注いでいた。
「いいから早く、水・・・・水を止めるんだよ!」
「えっ?みっみず・・・?」
すっかりテンパッてる少女に替わって、私は水栓に駆け寄ると、急いで栓を閉めた。
その作業の間に、私はまたしても一しきり水をかぶってずぶ濡れになった。
「ああああ〜!ごめんなさい〜!!どうしよう〜!びしょびしょになっちゃった〜。」
少女はポケットから小さなコットンのハンカチを出すと、せっせと私の上着を拭いだした。
ほとんどベソをかかんばかりに慌てている少女を見て、私は思わず笑顔になった。
「ダイジョブだよ、すぐそこが店だから。・・・あんたこそ、大丈夫?」
女の子は私を見上げてコクコクと慌しくうなずいた。
「お互い夏でよかったね。おかげで徹夜開けの眠気がすっ飛んだよ。助かった。ありがとう。」
既に半べそをかいている少女が、これ以上気にしないようにと、笑ってウインクしてみせると、私は鍵を開けてさっさと店の中に入っていった。
眠気も吹っ飛んだことだし・・・・。
私はシャワーを浴びると、さっそくその日の仕事に取り掛かった。
夕方になって、そろそろ店を閉める準備をしていると、ウインドーの外側で、今朝の花屋の娘が何度も店の前を難しい顔で行ったり来たりしているのが見えた。
「どうしたの?」
ドアを開けて声をかけると、少女は真っ赤になって後ろ手に持っていた花束を私に向かって突き出した。
「今朝はっ!ごめんなさいっ!!あの、これ・・・お詫びに・・・お店の売れ残りなんだけど。」
売れ残り、と正直に言うあたりが可愛かった。
「どうぞ、入って。」
私は少女を店に招き入れた。
「うっわぁ〜!!」
店に入るなり、少女はあたりを見回して、感に絶えたような声を上げた。
「ステキなお店・・・・。 きれい・・・・・。すごくきれい・・・・・。」
そして少女は、自分が持っている小さな野菊の花束に視線を落とすと、ぽつりと呟くように言った。
「これ・・・ごめんなさい。やっぱ、ここに似合わないね。」
私は笑って、デスクの上のアンティークのペン立てからペンを引っこ抜くと少女に差し出した。
「これに挿してごらん。ちょっと短く切った方がいいかな・・・。」
野菊の茎を短めに切って、古風な石を埋め込んだペン立てにさりげなく飾ると、それはたちどころに、ちょっぴりクラッシックなインテリアになった。
「わぁ・・・・すごいんだ・・・・店長さん。」
嬉しそうに少女が笑った。
「オリヴィエ、だよ。」
「オリヴィエ・・・・?」
私が名乗ると、少女は驚いたように目をぱちくりさせた。
「どうしたの?」
「うん。すごいな。ぴったりの名前だと思って。」
「あんたは?」
「ココです。」
少女の名前を聞いて、私もちょっぴり笑ってしまった。
「・・・・あんたもピッタリだよ。」
「お店、すごく綺麗ね。」
ココは私が出してあげた紅茶を飲んでいる間も、くるくるとあたりを見回して、壁にかかった衣装やインテリアを眺めては「綺麗!」を連発していた。
「綺麗」ってコトバはその頃から私にとっては最大の賛辞だった。私は何となく、この無邪気でちょっぴりあか抜けない女の子が気に入ってきていた。
「おいで・・・・。」
私はほんの気まぐれから、この子にウチの秘密のバックヤードを見せてあげようと思ったんだ。
そこは事務所兼バックヤード兼作業部屋に使っている部屋だった。
店舗のインテリアに妥協しなかった分、ここは徹底的に金をかけずに作ってあった。壁は剥き出しのベニヤ板のままで、そこをお気に入りのピンナップや布で飾ってあった。
ミシンの台は古道具屋で買ってきて、1日がかりで磨いて塗りなおしたものだった。棚も作業台もほとんど手作りで、買ったものなんかほとんどなかった。
「内側はこんなもんさ。 がっかりした?」
笑ってココを振り向くと、ココはさっき以上に興奮した表情になっていた。
「ううん。ステキ・・・・ここもすごく、ステキ!」
壁に貼られたピンナップ、空き缶に布を貼ったペン立て、ハギレで作ったランプシェード・・・・そんなものを見て、ココはいちいち興奮しきった歓声をあげた。
要するにココは 根っからきれいなものが好きみたいだった。
その点、ココと私は非常に気があった。
「メイクしたげよっか?」
私はまたしてもほんのきまぐれで、ココの目ばかり大きくて痩せた顔を見て言った。
「うん!」
ココは嬉しそうに大きな声で答えた。