act.3 Dream



何時の間にかココは店にいついてしまった。

不景気でとうとう花屋をクビにされたココが、店に来て「さよなら」って言った時、あたしはつい「ここに来れば?」って言ってしまったんだ。
正直言ってそんなに余裕はなかった。こっちもいっぱいいっぱいだったんだけどさ、今にも泣きそうなのを一生懸命我慢してるあの子をみてたらさ・・・・・口が勝手にそう言ってたんだ。

まあ、何とかぎりぎりやりくりすれば、ココ一人の給料くらいはなんとかならないこともなかった。
それに、私は、ココには何かしらセンスがあるような気がしてた。
貧乏でろくな服を持ってないココは、時々ボロ市で買ってきたシャツにあたしがあげたハギレを縫い付けて新しい服を作ったりしてた。花屋の主人には「派手だ」って散々けなされたみたいだけど、あたしはそれがけっこう好きだった。確かに技術は無くて荒削りだったけど、ココの作る服には何かパワーみたいなものが感じられた。
それに、ココはたまに店にミシンを借りに来ては、そんな風にリメイクを作ったりしてたんだけど、そんな時のココは、すっごく嬉しそうな顔をしててさ、出来上がりを想像してワクワクしながらミシンを踏んでる姿が、それはかわいかったんだ。

ココが店に来てから、私はココに本格的に裁断やパターンの起こし方、ミシンの使い方を教えた。
けっこう厳しく教えたつもりなんだけど、ココはやっぱり嬉しそうで、毎日夜中になるまで一生懸命練習していたっけ。

ココが店に来てくれたことは結果的には良かった。
私はそれまでも店だけの収入じゃやっていけないからモデルのバイトと兼業していて、店を明けがちだった。ココが来て、私がいないときでも店を開けられるようになった。ココは私が残していった裁断や縫製の仕事を、技術が足りない分、丁寧に時間をかけてやっておいてくれた。店の掃除から布地の買い付けまで、ココは不器用だけど慎重で、一生懸命に何でもこなした。私は一人じゃできなかったことができるようになった。店に並ぶ服が増えて、休業日が減って・・・売上も少しずつだけど伸びていった。
そして、何時の間にかココは、私にとって欠かせない相棒になっていたんだ。


半年ぐらいたったころ、突然ココが言い出したんだ。
「ねえ、オリヴィエ・・・あたしね、学校に行こうと思うんだ。」
「学校?・・・何の?」
「もちろん!デザインの! 」
「それは・・・それはもちろんいいことだと思うけど、あんたさ、先立つものはどうするつもりよ?」
私の問いに、ココは待ってました!とばかりに胸をそらした。
「貯金した!取り合えず入学金と、半年分の授業料。」
「・・・・どうやって!?」
散々問い詰めて白状させてみると、ココはあきれたことに、ここでの仕事の他にも更に何箇所かバイトをしていたらしい。私は呆れてココの痩せて、やや栄養不良気味の顔をみつめた。
「・・・でね、頼みがあるの!それ払ったらもう家賃払えないから、お店に泊まっていい?」
・・・・・それは明らかに無謀な意見だった。
「・・・・あんたさあ、それ、分かって言ってんの?」
「何が?」
「あのねェ、あんたはそう思ってないかもしれないけど、あたしだって一応オトコなんだからね。」
「思ってるよ。オリヴィエはオトコだよ。」
やっぱり分かってない、と思えるほどの無頓着さで、ココがきっぱりと答えた。
「じゃあ、まずいでしょうよ。」
「別に、いいよ、あたしは。」
「そうはいかないよ、嫁入り前のムスメが・・・他に女の子の友達とかいないの?」
「いたけど・・・その子達と部屋をシェアしてたんだけど、それが払えなくなっちゃったの。言えないじゃん、私だけただで置いてなんて・・・・・。」
「 ・・・・・・・・・・。」
ふと見ると、ココの座っている椅子の横には、見慣れない大きなカバンが置かれていた。
私は何となくいやな予感を感じつつ、ココに聞いた。
「あんた、それ・・・何?」
「荷物。」 すました顔でココが答えた。
「もう・・・・出てきちゃったわけね?」
「うん!」呆れ顔の私にお構い無しに、ココは嬉しそうに答えた。


結局ココは行くところがないまま、店に住み着いた。

屋根裏をカーテンで二つに仕切って、ココとあたしの共同生活が始まった。

結果的には今回も助かった。
二人暮しは思ったほど窮屈じゃなかった。私は相変わらず留守がちだったし、家のことまでココが全部やってくれるのは正直助かった。ほぼベジタリアンみたいな私と、金が無くて肉なんて食べたことの無いココは、食生活も完全に一致していた。

ココがいる生活・・・・・それは悪くなかった。
長い出張から帰ってきたときに、誰かが窓から身を乗り出して、落っこちそうな勢いで手を振ってくれる。寒い夜に帰ってくると、部屋に灯りがついている。夕食の間中、賑やかに話し掛けてくれる誰かがいる。・・・・・・・それは・・・・・悪くなかったよ。
なんか錯覚しそうだった。ココはずっと前からの家族だって。

そして、 その錯覚も・・・・・・・・悪くないな、って、私は思った。

 

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