さっきまでの元気はどこへやら、舞台の袖に立ったココは震えていた。
控え室は当然ながら男子禁制だったんで、そこで何があったのかは分からないけど、どうやらココとココのドレスはさんざんな嘲笑を受けたらしかった。ココは負けん気でふんばろうとしているみたいだったけど、とにかくガチガチになってた。
私は、見てる自分の方が気が気じゃなくなっていた。
もう疑わない。この子には才能がある。情熱もある。この夢をかなえてあげたい。確かに縫製もいいかげんで、基礎もなっちゃないけど、このセンス、見る人が見れば絶対分かるはずだ。ただしこのままじゃ駄目。あんたが笑わないと。あんたが胸張らないとこの服は死ぬ。あんたが幸せじゃないと、絶対に駄目なんだ。
ココは青白い顔をして、もう分かるくらいにガチガチと震えていた。
「ココ・・・・。」
私は思わず、ココの痩せた腕をとって引き寄せた。
「えっ?」
いきなり力任せに引っ張られて、ココが驚いた顔をする。
そのままやせっぽっちの体を、胸の中に手繰り寄せた。
「オリヴィエ?」
振り向いたその唇にそのまま口づけた。
ココの全身が棒でも飲んだように突っ張った。
その体を更に抱きしめる。
カンタンに私の胸の中に収まってしまう、小さなやせっぽっちの体。
冷え切って震えている体を、体温で暖めるように、私はココの背中をなでながら、いつまでもそうしてココを抱きしめていた。
やがて、震えは徐々に収まってきた。青ざめた頬にも次第に赤みがさしてきた。
「苦しい・・・・・。」
ココが身じろぎをしたのを合図に、私はゆっくりと、ココの体を離した。
「ココ、あんた、最高だよ。あたしが今まで見た中で、最高にいい女だよ。」
「・・・・そう・・・・かな?」
ココはゆっくりと頬を染めて、そしてとても・・・・とても嬉しそうな、くすぐったそうな顔をした。まったく、見栄も体裁もない、吹き出しそうになるくらい、ストレートでかわいい反応だった。
「そうだよ。保証する。」
ココは顔を上げて、そして、溢れるような笑顔になった。このままどこかに飛び出していってしまいそうな、弾むような笑顔だった。
ココの名前が呼ばれた。
ココは反射的に舞台に向かって数歩、歩いたかと思うと、すぐに振り向いて大声で叫んだ。
「オリヴィエ!大好き!!」
大して遠くも無い距離から、両手をぶんぶんと振るココに、私も笑顔で手を振り返した。
ココはライトの中をゆっくりと歩き出した。
客席がいっせいにざわめき出す。 ココが、もう我慢できない、といった様子で、小走りに走り出した。
それはイブニングドレスなんてもんじゃなかった。
まるで引っくり返した玩具箱みたいだった。 だけどココの笑顔はまるで王女様みたいで、・・・そう、裏町の王女様みたいだった。
貧乏楽士とかジャンキー野郎とか、いつもおカミさんに叱られてばかりの雑貨屋のおやじとか・・・
そんな「モノ」は足りないけど胸の中はいっぱいな連中の中に降り立った女神様みたいだった。
せっかく学校で練習したウォーキングをてんから無視して、ココは踊るような足取りで舞台を隅々まで跳ね回った。
それがすごく嬉しそうで、楽しそうで、私も思わず、手を叩いて笑っちゃったよ。
ココが審査員席に向かってニッと笑うと、客席からは思わず笑いがあがった。
あっという間に出番は終わった。
舞台から駈け戻ってきたココは
「ああー。楽しかったあ。すっごく楽しかった!」
言うなり、私に体ごと飛びついてきた。
私はその体をごく自然に抱き返した。
正直言ってこれが恋愛感情なのかどうなのか、はっきりはしなかった。だけどとにかく、可愛くて、大好きで、尊敬もしている。
これがどう転ぶかは成り行きに任せよう・・・・そんな気持ちだった。
そして、その気持ちは、私の中のいつもちょっとだけ冷めてた部分を、暖かく照らしているようだった。
「着替えてくるね」
「ああ、行っといで」
楽しそうに走っていくココの後姿を見送りながら、私は自分の中でも持て余してしまいそうな、
初めて感じる熱い感情にちょっぴり戸惑っていた。
「失礼ですが、オリヴィエ様でいらっしゃいますか?」
いきなり見知らぬ男が私に声をかけてきた。
「ごめん。今取り込んでるから、後で・・・・。」
何の気なしに振り向いた私の目の前に、男の身分証明書が突き出された。
「私達は聖地のものです。少々お時間がいただきたいのですが・・・・。」