イヴの奇跡 2



戴冠式を終えて女王になったアンジェリークは、我々の前から完全に姿を消した。

用向きや指示はすべて彼女の無二の親友である補佐官のロザリアを通じて伝えられ、彼女が守護聖と直接顔を合わせたり口をきくことは、皆無となった。
ロザリアによると、彼女は一日の睡眠以外のほとんどの時間を天空の間で過ごし、宇宙と対話し、サクリアを注ぐことに費やしているのだという。
あの活発で人なつっこく寂しがり屋の彼女が、たった一人で危機に瀕した宇宙と向き合って孤独な闘いをしているのかと思うと、胸が詰まるようだった。

だが、私にはどうしてあげることもできない。 私にできるのは時折ロザリアを通じてもたらされるあの人からの依頼を、誠心誠意やり遂げるくらいのことだけであった。
時にかなりの難題を持ち込まれると、私はかえって胸が高鳴るのを覚えた。
私は勝手にその依頼の背後に彼女の自分への信頼を感じていた。
そんな時は私は幾晩も不眠不休で作業にあたった。あの人の信頼に応えたい・・・・、少しでもあの人の負担を減らしてあげたい・・・・・。

週に一度の謁見式は私にとって最も待ち遠しく、最もつらい日になった。
彼女はとても徹底していて、謁見式と言っても御簾のかげから一度も顔を出すことはなく、ひと言も言葉を発することはなかった。
私はいつも何気ない風を装いながら、どこからかいたずらな風が吹いて、ちょっとでもあの御簾の先を巻き上げてくれないか、彼女がふと気まぐれを起こしてその白い手のほんの指先だけでもいいから差し出してくれないかと、そんなばちあたりな望みを捨てきれずにいた。

一度だけ・・・・・。彼女が退出する時に御簾が揺れて、その中から微かにジャスミンの香りが漂ってきたことがあった。
忘れもしない懐かしい彼女の香りだった。
私は同僚達に「忘れ物をした」と偽って謁見の間に引き返すと、無人の謁見の間で大胆にも御簾に手をかけて引き明けた。
彼女がついさっきまで腰掛けていた玉座のあたりには、まだほのかに彼女の香りが残っている気がした。 私はその場にくず折れると、彼女が手を触れた玉座の肘掛にめちゃくちゃに口付けて、泣いた。

もう、限界だった。彼女に会いたい。どうしても会いたい。一目でいい。一瞬でいい。その後はもうどうなっても構わない。
・・・・・ それは渇きに似た焼きつくような感覚だった。
私は彼女を恨みさえした。どうして彼女はこんなことをするんだろう。どうしてこんなに私を苦しめるのだろう・・・・・。
そのくせ、自分でも答えは分かっているのだ。
もし、彼女を見たら、その声を聞いたら、私は自分を押さえられる自信がなかった。 そしてそのことは、私たちだけでなく、すべてを破滅に導くことになりかねなかった。


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