その日から私はあることを始めた。
釣りざおの替わりにどうらんを持ち、植物採集に出ることが多くなった。
何種類か候補となる植物を採取して調べた結果、私は比較的毒性が強い一種類を選択した。
これを毎日ほんの微量ずつ摂取する。 こうして少しずつ体を弱らせていけば、体力の衰えとともにサクリアも衰えていく。ある境界線を越えれば、新しい地のサクリアを持つものがどこかで覚醒するはずだった。
難しいのは、衰えが急激であってはならないということだった。発覚して治療されてしまっては元も子もない。急にサクリアを失って交替が間に合わなければ、この宇宙全体に危険を及ぼすことになる。そもそもやっていること自体が、死刑になってもおかしくないくらいの反逆行為なのだ。あくまでも自然な衰えに見えるようにしなければならない。
職権を使えば王立研究院でもっと適当な、後遺症の出にくいクスリを手に入れることも出来たが、後で彼らが責任を問われるようなことになってはならない。自分で様子をみながら量を増減し、死なないように、活きないように調整するしかないようだった。
効果は自分ではすぐに分かった。体調はあっという間に絶不調になった。
難しいのはこれからだ。サクリアがなくなるまで体のことは誰にも悟られえてはならない。
私はこれまで以上に慎重に振舞うようになった。出先では無理をせずなるべくすぐに座るようにし、長時間立っている必要の有る行事の際は、ぎりぎりに出かけていって、終わるとすぐに退出した。
体調が悪いのと反比例して、私は毎日が楽しかった。
うまくいけば1年以内にアンジェリークにあえる。そのことを考えると薬物のための慢性的な不快感も消え去るようだった。
最初に気が付いたのは、やはりゼフェルだった。
謁見式の帰りにどうにも歩けなくなって、植え込みの影にうずくまっているところを見られてしまったのだ。 どうやら直後に気を失ってしまったらしく、気が付くと私は私邸のベッドの上にいた。
「・・ったく、なにやってんだよ、てめーは!」
心なしかいつもより赤い目でゼフェルははき捨てるように言った。
「誰かにこのことを言いましたか?」
・・・・まず気になったのはそのことだった。
「言ってねーよ。誰にも・・・。」
「・・・良かった。誰にも言わないで下さい。」
「お前、これがなんだか分かってるんだろうな?」
どうやって見つけたのか、ゼフェルの手には例の毒物の薬壜がにぎられていた。
「ええ。分かってますよ。」
私はにっこりと笑って見せた。
「自分がやってることが分かってんのか?」
「見つかれば反逆罪・・・でしょうね。」
「じゃ、・・・・・なんでなんだよ!」
ゼフェルの声が震えていた。
「俺のせいなのか?」
「ゼフェル?」
「俺があんなものを持ってきたからなのか?」
「違いますよ。逆です。あなたのお陰で、私はあきらめるのを止めたんです。もう一度きちんと生きてみようという気になったんです。」
ゼフェルは苛々と拳を握り締めた。
「分かってるよ。あんたはここを出たいんだ。出てあいつに会いに行きたいんだろう?だからこんな真似までして。 ・・・・・馬鹿だよ、おめーは。」
ゼフェルが私のことを心底心配してくれていて、心をいためているのは良くわかった。
彼には本当にすまないと思う。・・・できれば彼には知られたくなかった。
「黙っててくれますか?」
私の言葉に、ゼフェルは顔を上げると真剣な眼差しで私を見た。
「・・・・死ぬなよ。」
私はゼフェルに向かって静かにうなずいた。
「大丈夫・・・。うまくやりますよ。」
その時期を境に私のサクリアは急激な衰えを見せ始めた。
新たな地の守護聖の候補が見つかったという知らせが届き、交替を待つばかりというその時になって、珍しいことにジュリアスが私の私邸を訪ねてきた。