イヴの奇跡 8



片付けはほとんど済んでいなかった。
というか、片付ける気はなかった。すべて後任の守護聖に残してゆく。正直、もう片付けなどやっている体力はなかった。

屋敷の様子を見てもジュリアスは何も言わなかった。
テーブルを挟んで座ると、ジュリアスはひとつ、らしくないため息をついて話し始めた。

「主星に行くのだそうだな。故郷の星に帰るのではなかったのか?」
「最初はそう思ったんですけどねー。今更帰っても知った人がいるわけじゃ無し、賑やかなところの方が帰ってさびしくなくていいかと思いましてねー。」
「まあ、いい。どこか行く当てはあるのか?」
「そうですねー。まあ行ってからゆっくり考えようかと思ってます。」
「のんきだな。」
ジュリアスは持ってきた書類の中から封筒を出すと私に手渡した。
「スモルニィ女学院高等部の学長に向けた紹介状だ。すでに話はついている。急ぐことは無いが、その気があれば訪ねてみるといい。聖地随一の頭脳の持ち主を講師に推薦したいといったら、諸手をあげて歓迎するそうだ。」
「ありがとう。感謝します。」
私は素直に受け取った。
「それから・・・・」
ジュリアスの表情が心なしか厳しくなった。
「こっちは主星の総合病院への紹介状だ。主星についたらすぐ行け。しつこく訳は聞かないように話はつけてある。ひとまず療養しろ。」

私は、言葉を失った。
知っていたのか・・・・ジュリアスは・・・・。

「気づかぬとでも思ったのか?そなたとはもう15年のつきあいになるのだぞ。」
その言葉にはこれまで聞いたことが無いほど懇切なものがこもっていた。
「理由もあらかた見当はついている。しかし・・・私には止めることはできなかった。」
「・・・・・すみませんでした。あなたにまで心配をかけて。」
私は素直に詫びた。私の我儘は思ったよりも多くの人を巻き込むことになっていた。
だけど・・・・私は・・・。
うなだれる私に、ジュリアスは少し苦しげに笑って見せた。
「成功を祈っている。私も・・・・・あの方を・・・・・幸せにして差し上げてほしい。」





数日後、私は主星に降り立った。
驚いたことに主星につくなり迎えがきており、私はそのまま新しいアパルトメントへと連れて行かれた。
アパルトメントはたいして広くはなかったが静かで環境のいいところだった。
驚いたのは家具から日用品から毎日のニュースペーパーの配信まで何もかもが完備されていたことである。入居の手続きも私がサインする以外はすべて処理されていた。
すべてジュリアスの手配だった。 彼がどんなに私の身を案じてくれているかが今更ながらに分かった。


実際主星につくと同時に、私はひどい疲れを感じていた。
真新しいテーブルの上には念を押すように病院のパンフレットが置かれていた。
しかし私は病院に行く気はなかった。少なくともジュリアスが紹介してくれたところには・・・・。 もしことが漏れたら、このような反逆行為を知っていて見逃したジュリアス自身、責任を追及されることになるだろう。彼には迷惑をかけたくなかった。


私はどうにかこうにかベッドに辿り着くと、その中に転げ込み、そのまま1週間寝込んでしまった。



BACK  NEXT
創作TOPへ