<風のライオン3>-Vivian 本日午後3時から。終了時間未定。来たくないやつは来るな!途中退場したいヤツはしろ!』 ――― なに・・・これ・・・? その朝、いつもの通りに王立研究院に出勤すると、整然とした廊下のいたるところに見たこともないくらい汚い字のビラが貼りまくられていた。 「どっ・・・どうしたんですか?これ?」 同僚に聞くと彼女はちょっぴり眉をひそめながら教えてくれた。 「何でも日の曜日に鋼の守護聖様が突然やってきて、研究院のあちこちに貼っていったらしいのよ。当直の警備員さんが慌てて聖殿に問い合わせたんだけど、そしたらなんと光の守護聖様が『どうせ明日の3時までのことなんだから、大目に見てやれ』って、そうおっしゃったんですって・・・。」 「はぁ・・・・・」 鋼の守護聖様は気難しい変わり者だともっぱらの評判だった。前々代の地の守護聖様の言うことだけはよく聞いたらしいけど、その方が亡くなってからは誰にも手が付けられないって聞いた事がある。 私って度胸ないし、短気な人は苦手だった。あんまり係わり合いになりたくなかった。 ――― 絶対守りたいもの・・・・・ 私はぼんやりと壁の張り紙を見上げた。 「ある」と思う。 それが何なのかはっきり言えないけれど。 両親を早く亡くして一人暮らし。引っ込み思案で友達も少ない、もちろん恋人がいるわけでもない。 だけど・・・・こんな私だけど、やっぱり無くしたくないものって、あると思う。 午後3時――― 私はこっそり会議室のドアを開けた。 自分には関係ないことのような気がしたけど、でもやっぱりあの張り紙のことが気になって仕方ない。 途中退場していいっていうんだから、聞くだけ聞いてみればいい。 扉を開けると、だだっぴろい会議室の中にポツリポツリと、それでも50人くらいの人が集まっていた。 肩書きのある偉い人たちはもちろん誰も来ていない。若い人が多かった。バイトの子の顔も見える。 女性は私一人だった。 (場違いだったかしら・・・・) ちょっぴり緊張しながら、私は一番後ろの席にひっそりと腰を下ろしてノートを広げた。 バタンと大きな音を立てて扉が開いた。 ――― あの人・・・・! 入ってきた人影を見て、私は思わず椅子から飛び上がりそうになった。 銀色の硬そうな髪、挑むような真っ赤な瞳、まっすぐに結んだ口元・・・・・ 部品屋にいたあの人だった。 ものすごく親切でものすごくぶっきらぼうなあの人だった。 後足で蹴るようにしてドアをしめると、その人は相変わらず怒ったような表情で演台に進み出て・・・・いきなり演台の上に飛び乗った。 「今から俺が言うことを聞いていて、自分に関係ないことだと思ったら、すぐに出て行ってもらって構わない。本当にそうしてくれ。時間が無くてできねーとか、気がのらねーとか、そーゆーヤツは無理することはねー。俺が必要なのは、最後まで命張って付き合ってくれるやつだ。」 私たちの顔を睨みつけるように眺め回しながら、その人は叩きつけるような口調で言った。 相変わらずぶっきらぼうな口調だったけど・・・・ ・・・・恐ろしく真剣だった。 そう・・・確かにその人は一生懸命だった。それは・・・なんとなく、伝わってきた。 「やろうとしてることは唯一つ。くそったれな偽守護聖の野郎が聖地の基幹システムに仕込みやがった時限爆弾の除去作業。半端な量じゃない上に入り組んでて、しかも全部いちいちリンクしてやがる。一個でも見落としたらどっかで死人が出る。それを一つも作動させずに除去するのが俺らの仕事だ。」 室内の空気に少し動揺が走った。 前代の地の守護聖がニセモノだったという話は私たちも聞いている。ものすごいスキャンダルだったけど、聖殿はその事実を隠さなかった。 「質問してもいい?」 金髪の少年が手を挙げた。今年入ったばかりのロイというプログラマーだった。学生の頃からあちこちで何度も賞を取ったことがあるたいへんな秀才で・・・やっぱりちょっと変わり者だって、噂の少年だった。 「その件に関しては研究院でもプログラム修正のプロジェクトが立ち上がってるよね?それとは何か連携してるわけ?」 「いい質問だな・・・」 演台の上の人はニヤリと笑顔を浮かべた。 「カンケーはねえ。あっちはあっちでやる。俺たちは俺たちでやる。失敗したら俺たちの責任って言われるだろーし、成功したらあっちの手柄になるだろーよ。」 「・・・・意味ワカンナイんだけど・・・・・」 「つまり、悪りぃが俺は”研究院のやり方なんかアテにできねぇ”って思ってるってことだ。」 その人は腕組みをしたまんま、嘯くように言った。 「このくそったれプログラムは誰でも手当たり次第に不幸にしてやろうっていうどす黒い意志で書かれてる。・・・・俺たちがやろうとしてるのは仕事じゃねぇ。ケンカだ。こいつとの勝負だ。そのためには殴ったり蹴ったりフェイントかましたり裏をかいたり、何でもアリだ。カッコなんかどうだっていい、大事なものを守れりゃそれでいいんだ。俺は研究院の連中とは違うやり方でこいつと勝負するつもりだ。研究院のプロジェクトがうまくいきゃ、俺たちのしたことは無駄になる。それはそれでいい。だけど俺は人任せになんかしておけねーんだ。」 一気にまくしたてた後で、その人はまた演台の上からゆっくりと私たちを見回した。 「つまりこれは、俺の個人的なプロジェクトだ。これをやったからって誰が褒めてくれるわけでもねー。おめーらの給料があがるわけでもねー。守るとか言えばかっこいいかも知れないけど、やることは無茶苦茶つまんねー単純作業だ。それでもやりたいやつは、ここに残ってくれ。」 誰かが椅子から立ち上がった。 つられるように何人か・・・席を立って部屋を出て行った。 研究院に認可されていないプロジェクトだとしたら、言ってみればそれはサークル活動みたいなものだった。そんなものに付き合えるか、ってことなんだろう・・・・。 続けざまに人が出て行って、席がますますまばらになってきても、演台の上の彼は気にする様子も見えなかった。 その目は相変わらず火を噴きそうに紅く光ってた。 「いいか、頭下げて頼むつもりなんかねーぞ。プログラム触ったことのないやつでもいいぜ。死んだ気で覚える気があるならいくらでも教えてやる。逆に一人で全部やりたがるやつは遠慮してくれ。」 誰も返事をしない・・・・。 人がどんどん席を立って行く・・・・。 「あの・・・・」 思わず手を挙げてしまった。 全員の視線が一番後ろにいる私に集まった。 全身を緊張が走る。私はごくっと唾を呑み込んだ。 「あの・・・全体のスケジュールというか、工程管理する仕事・・・みたいなの・・必要ですか? あたし、プログラムは多分習ってもだめだけど、もしそういう管理の仕事があれば・・・・」 「工程管理か・・・考えてなかったな・・・・。」 演台の上のその人は、ふと真顔になって首をひねった。 「必要だ!おめー、やんのか?」 「・・・はい。」 突然、目の前に分厚い書類の束が飛んできた。 慌てて受け止めた書類に目を落とすと、それは膨大な量のチャート図だった。 「残ってくれ。後で詳しく説明すっから・・・。・・おめー名前は?」 「ヴィヴィアン・セルヴェデルです。」 「ヴィ・・・舌かみそーだな。」 ちょっと眉をしかめた後で、その人はこっちに向き直って大きな声で怒鳴った。 「ビー!たのんだぜ!」 「・・・・・・・」 いきなり名前を縮められてあっけに取られた私の目の中に、悪童みたいな笑顔が飛び込んできた。 笑った・・・。 ライオンが笑ってる・・・。 私は思わず、その笑顔に見入っていた。 「オレ・・・参加します」 ロイが立ち上がると演台に歩み寄った。 また何人かが席を立って出て行って、・・・・・最後はほんの数人がその場に残った。 私は必死になって手元のチャートをめくっていった。 チャートは気が遠くなりそうに膨大な作業をテーマ分けして優先順位をふったもののようだった。これに時間情報と担当を入れて管理するんだ。 すごい量・・・目が回りそうだった。できるんだろうか?私に・・・・? でも・・・やる。・・・やらなきゃ。 ―――「たのんだぜ」 耳の中で、あの声が何度も何度もリフレインしてた。 心が・・・震えてた。 |