act.3  廊下でのすれ違い 

Oscar



―――何を考えているんだ、あいつは。

俺は次第に焦りを感じ始めていた。俺があせってもしかたないのだが、焦らずにはいられなかった。
あれから1ヶ月、アンジェリークは一度も俺の執務室に来ない。つまり、一度も炎の力を送っていないのだ。
これが何を意味するのか、分からないわけじゃないだろうに・・・・。

俺は結局気になって何度も王立研究院に足を運ぶ羽目になった。
育成は、今のところ表面的には順調に進んでいるように見えた。アンジェリークはなかなか努力しているようで、炎の力が足りない部分を他の力で巧みにバランスを取っているようだった。
こんな芸当ができるなら、つまらない意地を張らずに、他のところで使えばいいだろうに・・・・。俺は歯噛みしたいような気持だった。

知るもんか、放っておけ。
そう、思わないわけでもなかった。
だけど女王試験も二回目ともなると俺にはさすがに分かっていた。
女王試験は真剣勝負なのだ。相手のレイチェルは天才少女と呼ばれるだけ会って、打つ手の一つ一つに全く隙がなかった。守護聖たちとの付き合いも如才ない。それに対してアンジェリークは今のところ炎の力無しで拮抗していた。これが何を意味しているのか・・・・。
きっと骨身を削るような努力をしているのだ。時折みかけるアンジェリークはこのごろ少し顔色が悪いようにも見えた。ちゃんと休んでいるのだろうか?何しろ執務室に来ないから話も聞けない、何も分からないのだ・・・・。
こっそり力を送ってやる、という手もないではなかったが、それは問題の解決にはならない。

仕方ない―――。俺は決心した。

再びあのじゃじゃ馬と対決するしかない。
元はといえば最初に俺があんな未熟児にちょっかいを出したのが悪かったのだ。
俺は覚悟を決めた。


そして翌日、俺は聖殿の廊下で彼女を待ち伏せした。
昨日のうちに育成の状況をチェックして、彼女が誰を訪ねるかはあたりをつけておいたのだ。

朝一番で、彼女が背筋をぴったりと伸ばして歩いてくるのが見えた。
その姿は、ちょっと気負いすぎているようにも見えた。
(馬鹿だな、何をまたそんなにひとりで抱え込んでいるんだか・・・。)俺はまた少し歯がゆい思いに捕らわれた。

アンジェリークも俺の姿を見咎めたらしい。一瞬怯んだようだったが、顔を上げてまっすぐに歩いてきた。
何もないようにすれ違いかかった、その瞬間。
「・・・おい。」
俺の言葉にアンジェリークの足がぴたっと止まった。
「俺のことをどう思おうが君の自由だ・・・・だけど、やることはやれ。育成の依頼にはちゃんと来るんだぞ。」
「言われなくたって行き・・・・・。」
振り向きざまにさっそく食って掛かってきたアンジェリークと、俺の視線がぴったりとあった。
意地っ張りそうなその目を見ると、俺はちょっと笑ってしまった。
必死で肩肘張りながら、アンジェリークはちょっぴり不安そうな顔をしていたのだ。
どうやら彼女の方でもきっかけを探していたらしい。いい出せなくて悩んでいたのかもしれない。
「今日の午後・・・・行きます。」
ちょっぴりバツが悪そうに頬を染めて、アンジェリークがつぶやくように言った。
(意外と可愛いところがあるじゃないか。)
そう口にしそうになって、俺はあわててひっこめた。ここで怒らせては元も子もない。

「待ってるからな。」

それだけ言うと、俺は随分気持が軽くなったのを確認しつつ、アンジェリークに背を向けてその場を歩み去った。





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