act.6 初恋、なんだもの 

Oscar



翌朝、思い余った俺はアンジェリークの寮を訪ねた。

別にこうまでしてやる義理はないのだが、いささかでも自分に責任があるというのは気持のいいものではない。多少は膝を屈することになっても休戦調停を結んでおこうと思ったのだ。
ところが、まさに寮の前に差し掛かろうというその時に、寮の扉が開き、そこからアンジェリークが顔を出したのだ。手になにやらバスケットを持っている。俺は思わず(なぜか)木陰に隠れた。
アンジェリークは大事そうにバスケットをかかえると、聖殿に向かって歩き始めた。
「・・・いったい俺の執務室に行くつもりはあるんだろうか?」
俺は無意識に彼女の後をつけた。


アンジェリークの足の向かった先は、なんとルヴァの執務室だった。
入り口の3歩手前で窓ガラスを見て、念入りにリボンや服の襟をチェックしている。
・・・・なんなんだ、この行動は?俺の胸にいやな予感がよぎった。

「あ〜」
彼女は更に小声で発声練習を始めた。
いらんだろう、お前に発声練習なんかっ。あの日あんなにも見事な腹式呼吸で大声でがなってみせたくせに・・・。

ドアの前に立った時には、彼女はもううなじまで真っ赤になっていた。俺にキスされたときは青くなったくせに、どうなってるんだ。

アンジェリークはたっぷり5分は立ち尽くした後で、意を決したようにドアをノックした。

確定である。決まりである。この未熟児はどうやらルヴァが好きらしい。
いかにもお子様らしい好みだ。優しく頭をなでてくれて甘えさせてくれる男がいいんだろう。しかし、そんなのが本当の恋愛と呼べるかどうか。


何度かノックしても返事はなく、アンジェリークはうなだれて一つ、ため息をついた。

「ルヴァならいないぜ。」
「ひええええ!」
俺が声をかけたとたんに、アンジェリークは見事なジャンプ力で飛び上がった。
「近くに出張中だ。明日は戻るだろう。時間があいたなら俺のところにくるといい。昨日の続きがあるだろう?」
「けけけけけ、結構ですっ!!!」

「昨日の続き」という言葉をどう受け取ったのか分からないが、アンジェリークはユデダコのような赤い顔をしたまま猛ダッシュで駆け去っていった。相変わらず異様に足が速かった。


(ルヴァが好きって、一体どういうつもりだ、だいたいルヴァは・・・・・・。)


俺は執務室への帰りがてら、通りかかったリモージュをつかまえた。

「リモージュ。候補生達にルヴァと結婚してること言ってないのか?」
「えー?えへへ、実は、まだ。そんなこと言わなきゃだめですかー?ちょっと恥ずかしいし・・・。」
リモージュはちょっぴり頬を染めて、舌を出して見せた。
「・・・・やっぱり、言ってないんだな。」
俺は暗澹たる気持ちになった。

・・・・というか、気がつかないアンジェリークがおかしい。ルヴァの薬指を見てみろ、ちゃんと結婚指輪をしてるじゃないか、あいつがファッションで指輪するようなやつだと思ってるんだろうか?まったくもって、男を見る眼がなさ過ぎる。

「・・・・すぐに、言った方がいい。」俺はリモージュに言った。
「え?なんでですか?」リモージュが首を傾げる。
「候補生のアンジェリーク・・・・ルヴァに惚れてるらしい。」
「・・・・え?ええええええ?」
俺の一言にリモージュは顔面蒼白になった。
「ほ・・・・ほんとですか?」
「残念ながら、な。」
「え〜〜〜〜〜!!!」
リモージュはほとんど涙目になりながら、手に持った書類を全部放り出してのけぞった。
「やっぱりっ!いつかそうなると思ったんですっ!!あの人前から、自分では気づかずににこにこしながらフェロモン振りまいてたり、へらへらしながら無意識に殺し文句言っちゃったり、すごい理論をさらーっと暗誦して見せて理系の苦手な女の子のハートをわしづかみにしちゃったりとか、そういうところがあって!だから気をつけてくださいっていつも言ってたのにぃ!」
「・・・・お前等、家でそんな話してんのか?」
「オスカー様っ!どっ・・・どーしたらいいんでしょう!!!」
「いいからすぐ言え!いい憎かったら家にでも招いて、ふたりでせいぜいべたべたして、キスのひとつもして見せてやれ。とにかくすぐにあきらめさせるんだ。」
「わっ・・・分かりましたぁ・・・。」
リモージュはショックによろめきながら、あたふたと駆け去っていった。
俺は俺でまずいことになったもんだと頭を抱えこんでいた。

よりによって何でまたルヴァなんだよ・・・・。





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