act.9 止まらない涙  

Oscar



「すっごい、ルヴァ様って意外と情熱的〜!びっくりしちゃったね!」

レイチェルの言葉に返事もせずに、アンジェリークは猛ダッシュでその場を飛び出していった。
俺は慌てて後を追った。ほとんどリモージュのせいだが、俺にも責任がないわけじゃない。このまま放っておくことはできなかった。

やっと森の小道を早足で歩いている彼女を見つけると、俺は無言で彼女に並んだ。
俺が来たことに気づいているのかいないのか、アンジェリークはずっと黙ったまま歩きつづけていた。

考えてみればこんなに慰めにくい女も珍しかった。肩でも抱いてやろうものなら正拳突きがとんでくるだろうし、「美人が台無しだぜ。」とか言おうものなら「安っぽい!」と一蹴されそうだった。話をきいてやろうにも、ひと言も口をききやしない。今まで俺が積み上げてきた経験が何一つ適用されない、相変わらず、何ともやりにくい女なのだ。

「うっ・・・・・ひっく・・・」

急にアンジェリークが立ち止まった。水道の蛇口をひねったように、唐突にアンジェリークは泣き出した。

「くっ・・・・うっ・・・・ひっ・・く・・・。」

俺は仕方なく、座り込んでしまった彼女の横に並んで座ると、彼女にハンカチを差し出した。
女性用の小さなハンカチじゃ追いつかないような、止まらない、涙だった。


それでもやがて彼女は泣き止んだ。
俺はそっと声をかけた。
「立てるか?」
うなずいたまま、アンジェリークはそれでも立ち上がろうとはしなかった。
「手を貸すだけだからな、触っても怒るな。」
なるべく胴体に触れないように、腕ごとそっと抱き上げると、アンジェリークはやっと自分の足で立ち上がった。
女性に触れるのにこんなに気を使わさせられたのは初めてだった。

辺りはもう薄暗くなっている。俺はマントを取ると、アンジェリークの体をすっぽり包むようにして、その上から抱えた。後でセクハラと文句を言われるかもしれないが、アンジェリークの足取りは、とても危なっかしく、一人で歩かせるのはどうにも心配だった。


寮にたどりつくまで、俺たちはまたひと言も口をきかなかった。
寮の前で、マントにくるまったままのアンジェリークを離すと、俺はこれだけ言った。

「いいか、慰めたりはしないぞ。試練がいい女を作るんだ。・・・お前は鼻っ柱が強い分、骨がある、あと数年努力すれば素晴らしいレディになれるだろう。それは俺が請合う。そうなったら、どんな男だって望みのままだろう?」

アンジェリークはマントにくるまったまま顔をあげた。

俺とまともに目が合った。

大きな目からぽろぽろと涙をこぼしたその顔を見た瞬間、俺はまたみぞおちにカウンターパンチをくらった気がした。
これまで彼女に食らった中で最高に強烈な一発だった。

アンジェリークはふいに小走りに駆け寄ると、俺にしがみついて、再び今度は声をあげて泣きじゃくり始めた。
「うわあ〜ん」と、大声をあげて、子供みたいに・・・・。

俺は気が付いた。
彼女は別に、気が強いわけでも鼻持ちならない女でもなくて、とてもとても純粋で正直なのだ。未熟な初恋だったかも知れなかったけれども、彼女としては体当たりだったのだ。そんな気持は、実は俺にもあった。遠い遠い昔話のように思えるが・・・・。

すがりついてくる体をそっと抱きしめた。
(こんどはそっちから抱きついてきたんだからな・・・・・)そう言い訳しながら。

震える体、小さな体いっぱいにつまった激情、意地っ張りな負けん気、髪から微かにただよう花の香り。

(・・・・・・・参ったな。)

俺は天を仰いで、ため息をついた。

(参った・・・・・はまったみたいだ。)






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