<シーソーゲーム.2>


2.初めて会うのに、初めてじゃない気がした



路地裏を一息に駆け抜けて、通りに出ると、計ったような位置に黒いコブラが止まっていた。私は息を整える間もなく、助手席に飛び乗った。

「・・・珍しいね。」
運転席のヒスイが、車を出しながらつぶやくように言う。
「えっ?」
意味が分からずに首をかしげると、ヒスイはミラー越しに微笑んだ。
「まさかと思うけど・・・・失敗かい?」
私はあわててポケットから引っ張り出したマイクロディスクをヒスイに差し出した。
「いっ、いえ・・・見つかりました。これ・・・多分、黒の第三章です。」
片手で受け取ったディスクにちらりと目をやると、ヒスイは満足そうにうなずいて微笑んだ。 「・・・・お見事。」

「あの・・・珍しいって・・・何がですか?」
まだ理解できずにいる私に、ヒスイは正面を向いたまま、笑ってミラーを指差した。
「 ・・・・顔が赤いよ。」

「・・・・・?」
言われて顔を上げると、バックミラーに映る自分は確かにやや赤い顔をしていた。


「・・・・・」
やっぱり・・・さっきのあれのせいなんだろうか?
気がつくとなおさらに、頬のヘンが熱くなってきた。

キスしてしまった。 知らない女の子と。咄嗟で他に方法がみつからなかった。

何日も事前調査した。あの場所はあの時間帯、ほとんど人通りがないと確認してあった。 まさか女の子がひとりで歩いているなんて、思ってもみなかった。





その少女を見た瞬間、私はなぜか昔読んだ宗教書の挿絵を思い出していた。

粗悪なざら紙に安物のインクで刷られたその絵は、白い翼の天使が罪人の手を握り締めている絵だった。天使は優しい表情をしていた。後悔に震え、うなだれている男に向かって励ますような笑顔を浮かべていた。
その絵を初めて目にしたとき、私は子供心に泣けてしかたがなかった。
こんな存在がいるんだと・・・・。どうしてこんな風に笑えるんだろう?許せるんだろう?・・と。
忘れたはずの子供の頃の思い出が、その少女を見た瞬間、頭の中でフラッシュバックした。

気を取り直した時には、ディスクを奪い返しに来た敵がもうすぐ後ろまで迫っていて、危険だと思った瞬間に体が反応していた。



別れ際の少女の、泣きそうに見開かれた大きな目が脳裏に浮かんだ。
透き通るような明るい緑の瞳だった。


心無いことをしてしまった・・・・。
私はため息をついた。


だけど・・・・”心無いこと”なんて、既に私はやりつくしているのだ。
自分が生きているという事実さえ、・・・・自分の存在さえ、もう既に充分にとんでもない、許すべからざる罪悪のように思える。

私はシートに置かれたバッグの中からゆっくりと消毒液の瓶を引っ張り出した。

車の振動に身を任せながら、私はヒスイに聞こえないように そっと小さくため息をついた。



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