<シーソーゲーム.5>


5.その気持ちに気がつくのに、一日あれば充分だった・・・



きっちり10分前に姿を現した彼は、これから会議にでも出席するビジネスマンみたいな堅苦しいスーツ姿だった。

どうも・・・と、ぎこちなく頭を下げる彼に、私はぴしゃりと決め付けた。
「ネクタイ、とってください。」
「えっ?」
「上着脱いで!カフスも外して!・・・袖は腕まくりして!」

私は目をぱちくりさせている彼をせきたててネクタイを取らせると ・・・・ 上着とネクタイを駅のコインロッカーに放り込んでから、手にしたチケットを彼に差し出した。
「はい、これ。」
「・・・これは?」
首をかしげる彼に、私は駅から続くアドベンチャー・パークの入り口を指差した。
「チケット!福引で当たったんです。・・・でも一緒に行く人がいなくて・・・。 友達もみんな休みの日はデートや習い事で忙しいし・・・・。」
「 はぁ・・・。」
「一日付き合ってもらいますからね!だって・・・だって、乙女の一生を台無しにしたんですよ?一日くらい、なんですか!」
「あっ、・・はい。分かりました。」
まじめに直立不動になったその人を見て、私は思わずちょっぴり笑ってしまった。
・・・・・なんだか叱られた子供みたいで・・・ちょっと、可愛かったのだ。
「・・・じゃ、行きますよ。」
私はかしこまって動こうとしないその人の腕をとると、強引に引っ張るようにして入り口に向かって歩き出した。
ちょっぴり大胆な自分に驚きながらも、何だかそれはとても、自然なことのように思えた。








その人はとても無口だったから、乗り物の順番を待っている間、もっぱら私ばっかりが自分の話をした。
就職活動中で、最初に会ったあの日は会社訪問の帰りだったこと。
親は会社勤めを薦めるけど、自分は本当は保母さんになりたいと思ってること。

その人は黙ってうなずきながら私の話を聞いてくれて、最後に遠慮がちにこう言った。
「あなたが本当に幸せになれれば、どんな道でもご両親はきっと喜んでくださいますよ・・・。」
そういったときのその人の表情は、とても優しかったけど、何となく寂しげに見えた。



超ロングコースのジェットコースターはこのパークの呼び物で、私は前から乗ってみたいと思ってた。
コースが下りに差し掛かり、落っこちるような角度で斜面を下り始めると、私は誰より先に悲鳴をあげた。

頬をすり抜ける風が気持ちいい!
再び大声で叫んだその瞬間、いきなり長い腕が伸びてきて、私の肩を“がしっ”と引き寄せた。

「大丈夫です。心配しないでください。 この高さで、この速度だったら、仮に脱輪しても私があなたを守れます。」
隣のその人は大真面目で私の顔を見ながら、励ますようにそう言った。
「絶対大丈夫ですから・・・・。信じてください。」
そう言ってその人は、安心させるように、にっこりと私に微笑みかけた。

「・・・・・・・。」

本当に怖がってるわけじゃなくて、ただ大声で騒ぐのが楽しかっただけなのに・・・・、
その人は本当に私が怖がってるとでも思ったみたいだった。
力強く引き寄せられると、またこの間の消毒薬の匂いがした。


―――心臓がドキドキし始めた。


スピードのせいじゃない。しっかりと引き寄せられた腕の中は、スピードも高さも関係ない完全な安全地帯だった。

本当に、この人の言うとおりだろう。
今仮に何か事故が起こったとしても、この人がきっと私を助けてくれる。
必ず、守ってくれる。

だけど・・・・何故?
私のキスを盗んだから?
悪いと思ってるから?後ろめたいから?
・・・・それは何だか寂しかった・・・・。


胸が・・・苦しい・・・。


私は思わずその人の胸に頭をもたせかけたまま目を閉じてしまった。
さっきよりもっと、心臓が苦しくなった。
息もできないくらい・・・・どんどん鼓動が加速していく。


もう充分だった。はっきりとした、切ないくらいの自覚があった。


私は好き。

目の前にいる、会ったばかりで、名前も知らない

この人が、好き・・・・・。


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