<シーソーゲーム.6>


6.あなたになら不思議と何でも話せる気がした




この年頃の女の子の考えることは私にはさっぱり分からない。
大声で叫んで怖がっていた彼女は、降りてまたすぐに「もう一度乗りたい!」と言い出した。

さすがに二度目は叫びはしなかったけど、スピードがあがると私の袖をぐっと掴んで
・・・・そして高速でカーブを切った瞬間に、いきなりパタリと胸の中に倒れこんできた。
背中が、震えていた。
思わずその背中に触れて、何となく引き寄せてしまった。

震えているから・・・・怖がっているから・・・・。
―――そうじゃなかった。

私が、そうしたかったから・・・・・。


頬に触れる柔らかな金髪から、優しい花の香りがした。
とても柔らかい髪の毛だった。
真っ白な頬に、ちょっと触れてみたいと思った。

・・・・・心臓が、苦しい。

ほんの少しのもどかしさをはらんで、時間はゆっくりと流れていった。





ジェットコースターを降りてからも、彼女は次々といろんな乗り物に乗りたがって、その間ソフトクリームとポップコーンを子供みたいに嬉しそうな顔で平らげた。

本当に、あっと言う間に日が傾いてきた。空気が少しずつ、藍色に染まってきている。
これまでこんなに一日が短いと感じたことはなかった。
ふるさとの星を出てから、こんなに何の屈託も無く一日を過ごしたのは今日が初めてのような気がする。

ぼうっとそんなことを考えていると、彼女が私の腕をひっぱって、こう言った。

「ねぇ・・・観覧車に乗ろう。」









パークの一番高いところにある観覧車の上からは、町が一望に見渡せた。

「きれい・・・ですね。」
都会の夜景なんてあちこちで見たはずだけれど、そのくせ一つも印象に残っていなかった。景色を美しいと思う気持ちを私は忘れていたのに気がついた。

「夜景を見たことがないの?」
彼女が不思議そうにつぶやくのを聞いて、私は少しばつが悪い気がした。

「でも、きれいな星空は知ってます。空一面を、重なり合うように星が埋め尽くして、あちこちできらきらと瞬いて、引っ切り無しに流れ星が落ちて、空一面がまるで宝石箱みたいに・・・・・・。」
言葉が続かなかった。
そうだった。あの星空は、本当に美しかった。


「素敵ね。 あなたの故郷の話?」

彼女が私を見て微笑んだ。
優しい・・・とても優しい笑顔だった。
私はまた、あのザラ紙に印刷された天使を思い出していた。



「・・・今は、もう・・・ありません。」



彼女がゆっくりと首をかしげた。


「小惑星が接近してきて・・・・・私がまだ子供だった頃、・・・・急激に気候が変わって飢饉になって、気温が40度を超えてどんどん人が死んで・・・限られた人数だけが、星間援助団体の仕立てた船で星を出ました。
成績が優秀だとか、身体能力が高いとか、器量がいいとか・・・そんなくだらない理由で誰が星を出て、誰が残るかが決められて・・・・・・・私は・・・残りたかった。だけど私が選ばれて・・・弟が残されて・・・・。
私は残りたかったのに・・・・・弟を出してやりたかった・・・・・・」


胸がいっぱいで、言葉が続かなかった。
これは10年間私がずっと抱えてきた気持ちだった。
吐き出すことが出来ずに、胸の中にわだかまり続け、常に私を責め続けた思いだった。
そう。10年前。本当は私も大声で泣きたかったのだ・・・あの四角い部屋で。




突然、固く握ったこぶしの上にふわりと温かいものが触れた。




「分かった。・・・・もういいから。」

「大丈夫だから。分かったから・・・・・ もう・・・大丈夫だから。」



彼女は私の手のひらを握り締めたまま、透き通るような瞳で、まっすぐに私を見上げた。

とても強くて、優しい瞳だった・・・・・。

何が大丈夫なのかさっぱりわからないけれど・・・・・私は、荒れ狂いそうな気持ちが静かに凪いで行くのを感じていた。


そう・・・・確かに私は誰かにこの思いを伝えたかった。
どう伝えたらいいのか分からないままに・・・。
誰かに分かって欲しかった。
「許す」と、誰かに言ってほしかった・・・・・。

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