日曜日の恋人 (3)


名前、名乗らんで悪いことしたなー。

俺はちょっぴり後悔しとった。偽名くらい考えとけばよかったんかもしれん。
だけど・・・ あんな純真そうな子にウソつくのも何や気ぃ引けるしなぁ・・・。
あの、アンジェリークという子、いかにも大人しそーで、女王さまっちゅー感じやなかったけど、笑った顔はめっちゃ可愛かった。本っ当に嬉しそうで・・・・まるでパーっと花が咲いたみたいやった。

女王候補さんの二人はその後もちょくちょく店に来るようになった。
そしてその日は珍しいことに、いつもはレイチェルの後ろから恥ずかしそうについてくるアンジェリークが、一人で店に来とった。
「いらっしゃい〜!よう来てくれはったなぁ!」
「こんにちわ!」
いつものように挨拶を交わしたその直後・・・・・俺の携帯が急に鳴り出した。

ここに来てるときは極力携帯を鳴らさんように言ってある。
何や緊急事態か?・・・俺はあわくって店の裏手の木陰に走って行った。

用件は大したことやなかった。子会社の一つが買収攻勢かけられとるいうて、新入り秘書が慌てて電話してきよったんや。どうやら第一秘書が出かけてて捕まらんかったらしい。俺はとりあえず彼女を落ち着かせて、最低限やらなあかんことだけ電話で指示した。「後は第一秘書と相談してあんじょうしとき。会社の一つや二つ、無くすときは無くすんや。そこにいる人たちだけ困らんように按配しとったら、それでええんやからな・・・・。」それだけ言うと、俺は電話を切った。


慌てて店に戻ってくると、何人かお客さんが入っていて、なんとアンジェリークがカウンターの中でお客さんの相手をしとった。
「はい。プレゼントですねー。かしこまりました。リボンはこのピンクのでよろしいですか?」
「すまんすまん。・・・あんた、もしかして店番しててくれたん?」
慌てて駆け寄ると、アンジェリークは恥ずかしそうに真っ赤になった。
「あっ・・ごっ、ごめんなさい。ついっ。お客さん、急いでるみたいだったんで・・・。」
「すまんかったわー。あーっ、後、俺がやるから・・・・。」
「あっ、じゃ、あの、そちらのお客さんお勘定がまだなんで・・・・。」
「ああ、そっか・・・・」
レジを済ませて戻ってくると、ラッピングを終えたアンジェリークは今度は別なお客さんに捕まっとった。
「これはですねー、この中にローソクを入れると外側がくるくる回るんです。で、ここの窓から光が出て、とってもきれいなんですよー。」

「・・・・・・・・。」
俺は声がかけられんかった。
お客さんに説明しながら、アンジェリークは眩しいくらいの優しい笑顔を浮かべとった。
それは、俺がこれまで見たことも無いような、あったかい、優しーい、笑顔やったんや。

お客さんがローソク立てを買って帰って行くと、もう閉店時間やった。
俺は我に返ると、慌ててアンジェリークに声をかけた。
「すっかり世話になってもーて・・・・すまんかったな。」
「 いっ・・・いいんです。そんなの・・・。」
「今日はこれで終いなんやけど・・・・お礼にお茶でも飲んでいかへん?」

お茶いうても、こぎれいな喫茶店に連れてくとかそういうわけでもなくて、屋台の隅に椅子出してポットで入れた紅茶を出しただけなんやけど、それでもアンジェリークはとっても嬉しそうな顔をして俺が差し出すマグカップを受け取った。

「素敵なお店ですね。ここの商品、いつも本当に見ているだけで楽しくなっちゃう。」
「おおきに。そういってもらえると選んだ甲斐があるわー。」
「商人さん、ご自分で選んでいらっしゃるんですか?」
「もちろん!全部ちゃんと自分で生産者の顔見て話し聞いて選んでる。俺がほんまに心から好きになった、「こいつなら信頼できるわー」と思った人からだけ仕入れとる。俺が『いい!』と思ったもんだけの厳選販売や。」
「お仕事、好きなんですね?」
「そうよ!商売っちゅうと、なんていうの?ほら、金儲けとか、少しでも儲けあげなってそういうもんと思われがちやろ?そやけど、俺にとっては違う。俺は商売って、誰かの夢を誰かに届ける仕事だと思ってる。」
俺は何時の間にか、アンジェリーク相手に普段は語らんような商売哲学まで語りだしとった。この目でにっこり笑いかけられると、何だか安心するというか、何でも話せるというか、つい、本音をぽろぽろと言ってしまいそうやった。
「すごい・・・ですね。」
「なにが?」
「商人さん、すごくみんなのことが、人間が大好きなんですね。お話聞いてると分かります。」
「・・・・あんたもやん?」
「えっ?」
「さっきお客さんに商品の説明しとったときのあんた、すっごいいい笑顔しとったわー。あんた、親切でホントええ子やなー。」
「そんな・・・。」
俺の言葉にアンジェリークはあっという間に耳まで真っ赤になった。
それ見てると何や俺まで照れくさくなってきて、俺は誤魔化し半分にカウンターから出してきた鳥の形の玩具をアンジェリークに差し出した。

「これ、持って行き。今日の心ばかりのお礼や。」
「わぁ・・・かわいい。いいんですか?」
「これ、励まし鳥いうてな、これから売り出す新製品の第1号試作品や。毎日こうして部屋に飾って話しかけとるとな、話し手のバイオリズムを記憶して、へこんでる時とか、きれーな声で鳴いて励ましてくれるんや。」
「へえー。すごいですね!」
「特別なチップを組み込んでるんやけど、そのチップ、田舎のちっさーな星のおっちゃんが作ったんよ。その人がまた頑固やけど、めっちゃええ人なんよ。長年主星のメーカーで技師やっててリタイヤしたんやけど、これからは自分の作りたいものだけ作るいうてな。この鳥も最初は自分の孫娘のために作ったんやて。しっかし頑固なおっちゃんで、商品化に漕ぎ着けるには苦労したわ〜。何度足を運んでたたき出されたことか・・・・でもっ、最後にはこの俺の燃える情熱が、おっちゃんの心を溶かしたというわけよ!」
「そんな大事なものなんですね・・・ありがとう。私、これ、大事にしますね。」
「おう、大事に持っとき!・・ここだけのハナシ、これはメガヒットになるでぇ〜!」

俺の言葉に、嬉しそうに手の中の小鳥を眺めていたアンジェリークの笑顔が消えた。
俺はちょっぴり慌ててアンジェリークの俯いた顔を覗き込んだ。
「どうしたん?」
「・・・・・これがヒットして、商人さんが大金持ちになったら・・・・このお店、無くなっちゃいます?」
何や、そんな心配しとったんか・・・・俺は思わず苦笑した。金持ちになるもなんも、宇宙広しと言えど、俺以上の金持ちは今だってちょっと見当たらんくらいやった。
だけど、この店を「無くなって欲しくない」と言ってもらえたんは、くすぐったいくらい嬉しかった。

「あんたは?・・・あんたはどうして欲しい?」
「えっ?」
「この店、もっとでっかくなって、何でも売ってる店になったらもっと来てくれるか?」
俺の言葉に、アンジェリークはちょっぴり困ったような顔をした。
「私は・・・このままがいいな・・・。全部商人さんが好きなものだけ売ってる小さなお店の方がいいです。」
それ聞いて、俺はめっちゃカンゲキした。何が嬉しいって、俺のやりたいこと、きちーんと理解してくれて、その上で「好きだ!」って言ってもらえるほど嬉しいことないもんな。
俺はアンジェリークに小指を突き出して言った。

「よし!指きりしよ!約束や!この店、あんたが来てくれる限りは絶対潰さへん!頑張って続けるからな!」
「はいっ!」
アンジェリークが嬉しそうに小指を差し出した。
アンジェリークの指は小さくって、俺がちょっと力入れすぎたら折れてしまいそうなくらい細くって・・・そうして、とっても暖かかった。

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