日曜日の恋人 (5)
日の曜日――――。
本当は店開ける気力も湧かんかったけど、待ってるお客さんがいる限りそんな勝手なことはできん。 俺はめったにないくらいヘビーな気分で聖地に向かい、のろのろと開店準備をした。
そうして、幸か不幸かそんなときに限って、店も開店直後から閑古鳥が鳴いとった。
「・・・・・・・・・」
誰も見てへんのをいいことに、俺はひとつため息をついた。
損害賠償だの、株価が落ちるだの、そんなこと気にしてるわけやない。
失った金はまた稼げばええだけのことやし、いい商売すれば株価なんて自然に上がる。
―――ものの見事に騙された・・・。
俺のせいや・・・・。
俺の人を見る目が誤っとった。それだけのことやった。
店の裏手にはダンボールが山と積まれていた。辺境の戦争で親を亡くした子供達に会社から毎年クリスマスプレゼントを贈ってる。今年は励まし鳥贈ったろって、ずいぶん前から決めとった。初期生産の内1500台をここに送ってもらったんは、宇宙の各地から取り寄せた珍しいクリスマスカードを、店のあき時間利用して、1枚1枚さしこんだろ思ったからやった。
(取りに来させて・・・・捨てるしかないな・・・・・。)
俺はダンボールの山を見ながらぼーっと考えていた。
「商人さん?」
呼ばれて振り向くと、いつからそこにいたのかアンジェリークが俺のほうを心配そーに覗き込んでいた。今日という今日はさすがの俺も笑い返す気力が湧いてこんかった。
「よっ、いらっしゃい・・・・今日は見ての通りの閑古鳥や。ゆっくり見てってや。」
何とか笑ってそれだけ言ったけど、アンジェリークは相変わらず俺の顔をじーっと覗き込んでる。
「商人さん、どうしたんですか?なんかいつもと違う・・・・元気ないですね。」
「えっ?そっか?そんなことあらへんよ・・・今日も元気元気ー!」
「あの・・・無理しないで下さい。何かあったなら、その・・・・私、話聞くくらいしかできないかも知れませんが・・・・・。」
アンジェリークに本当に心配そうな親身な表情で見つめられて、俺はつい・・・ぼろっと愚痴めいた本音を漏らしてしまった。
「分からんもんやな・・・・人の心なんて・・・・・。」
「えっ?どっ・・・どうしちゃったんですか?商人さん?」
「こないだ話したおっちゃんな・・・・とんだ詐欺師やったんや。もしかしたらライバル企業の回しもんかも知れん。」
「ええっ?・・・・そんなっ・・・。どうして・・・・? 」
「知らん。ICの設計ミスやってん。全品不良で、回収してゴミ箱行きや・・・・。」
「・・・・・でも・・・・その人、いい人だったんですよね?直接会ったって商人さん言ってたじゃないですか?本当にその人のせいだったんですか?」
「そやろ?・・・それしか考えられへんもん・・・・。あっさり裏切られたんや。」
「でも・・・・・。」
「あかん・・・なんやこんな風に考えるん俺らしないわ・・・・・。 まっ、考えてもしゃーない。まだまだ人間未熟だったってことや。ええ勉強したと思わな・・・。」
顔をあげた俺の視線とアンジェリークの視線がぶつかった。
俺はちょっと驚いた。アンジェリークは、口をへの字に曲げて、怒ったような顔で俺の方を見とったんや。
「・・・・・ 見損なった。」
俺をにらんだままアンジェリークが言った。
「は?」
「見損ないました。あなたのこと!」
「アンジェちゃん?」
「言ってたじゃないですか?信頼が大事だって。あれ、嘘ですか?本人から事情を聞いたわけでもないのに、簡単に人を疑って・・・・・じゃあ、最初に信じたのもみんなウソですね。私と1回話したら友達だなんて、あれもウソですね?」
「それは・・・・・・・・。」
「・・・私が貰ったやつ、ちゃんと鳴いてますよ!」
「・・・・10時間で切れるんやて 」
「だって、私、10時間以上お話ししました。もっともっと、それ以上、その何倍も話しました。ずっと私のこと励ましてくれてます。不良品なんかじゃありません!!」
――――使ってくれてたんや。
俺が真っ先に考えたんは、不良品騒ぎとは全く関係ない、そのことやった。
俺があげたプレゼントを、アンジェリークは毎日毎日、使ってくれてた。
大事に、喜んで使ってくれてたんや。
・・・・・何や急に、頭の中にかかってた霧がさーっと引いていくような気がした。
「・・・・有難う。」
俺はポケットから携帯を引っ張り出すと、アンジェリークがいるのも構わず、その場でかけまくり始めた。もう1分1秒も無駄にする時間なんてない。
「やっぱり励まし鳥送る。もぐら転がしはやめや。交換用の部品何個できた?それすぐここに送れるか? 急いでくれ、ここにある1500個、全部この場で部品交換する。明日の昼までやったら
間に合うな?午後一番に引き取りに来てくれ。・・・それと、設計段階をもう一回細かくチェックするんや。図面を途中で変更したヤツを全部確認してどこでおかしなったんか調べてくれ。それとテスト項目決めたヤツと実施したヤツ、どうやって項目決めて実施したんか細かく調べてくれ。あと、もう一回おっちゃんと連絡とれんか試してくれ!全部大至急や、ええな、頼むで!」
電話を切って振り向くとアンジェリークは店の隅に積んであった雨避けようのビニールシートを引っ張り出してきて、芝生の上に敷き詰め、その上に店の裏手にあった励まし鳥のダンボール箱をせっせと運び出して来ていた。
俺の電話が終わったんに気付いて、アンジェリークは俺のほうを振り返ると、いつものあのお日様みたいな笑顔になって言った。
「部品交換するんでしょう?やりましょう?」
「手伝ってくれるんか?」
「だって、商売は信用が第一でしょ?やりましょう!大丈夫!間に合いますよ!」
「よっしゃ!」
俺たちはふたりでビニールシートに腰をおろすと、ドライバーを握って、せっせと部品の取り外しを始めた。交換用の部品が届くにはいくらなんでも後数時間はかかるだろう。それまでにできることだけでもしとかな、間に合わん。
すると、黙々と作業をしていたアンジェリークが 突然がばっと立ち上がったかと思うと、噴水の方に一目散に走り出した。
「ジュリアスさまぁ〜 」
両手を振り回しながら、日頃の静かな彼女からは考えられへんようなでっかい声で叫ぶと、アンジェリークはたまたま散歩にでも通りかかったらしいジュリアス様の前に突然走り出た。
「ジュリアス様!お願いします!お願いがあるんです!」
俺はぶったまげた。ジュリアス様は守護聖の中でも特に厳しいと評判のお人や。そのお人を捕まえて、いったい何するつもりなんや。
「少し落ち着くが良い。何があったのだ。」
眉をひそめるジュリアス様の前に、アンジェは手にもっていたドライバーと励まし鳥の本体を「ぐっ」と差し出した。
「これをっ、明日の昼までに全部部品交換しないと、たいへんなことになるんですっ。手伝ってください!!」
俺は気絶しそうなくらいびっくりした。ジュリアス様相手に何言い出すんや・・・。
――ああ、あかん!怒鳴られる!!
ジュリアス様が口を開きかけたその瞬間
「お願いします!!!!」
アンジェリークは、ばしっと目を見開いて、これ以上は無いくらい真剣な顔でジュリアス様の顔を見返していた。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
ジュリアス様はビニールシートの上に腰をおろし、その手にはドライバーが握られていた。
アンジェリークはこの調子で、誰かが通りかかるたびにすっ飛んで言ってはものすごい勢いで説得して連れて戻ってくる。俺はそれをまるで魔法でも見るように見とれていた。
「ばからしー。やってられっかよー」と立ち去ったゼフェル様は、ものの20分としないうちに、電動ドライバー20台を手に「そんなんじゃ日が暮れちまうぜー」と言いながら現われた。
気が付けばビニールシートの上には、何時の間にか守護聖様や協力者達がドライバーを手にずらっと居並んでいて、補佐官さんが「炊き出しよ〜」といいながら握り飯を配りあるいていた。
そうこうする内に交換用の部品が届いて、それまた付け直して・・・・・、結局俺らは翌朝まで徹夜をする騒ぎになった。
「えらいすんまへん!おおきに!有難うございます!」
手伝ってくれた人たちを送り出す俺の横では、なぜだかアンジェリークが一緒になって
「ありがとうございますー!!」と深々とひとりひとりに頭を下げていた。
部品交換を終えた1500個の励まし鳥は、クリスマスカードも封入されて整然と箱詰されていた。
みんなが三々五々と散らばってゆく中で、アンジェリークだけがやっぱり残って、黙々と後片付けを続けていた。 さっきまでの勢いはどこへやら、やっぱり生真面目な、フツーの女の子の顔やった。
俺はその後姿に声をかけた。
「アンジェリーク。おおきに。ほんま助かったわー。」
「いいえー。間に合ってよかったです!」
「俺な、ずっと人の世話しても世話されたらあかんと思ってた。人にただでもの頼んで、一方的に迷惑かけるなんてよくないことや思ってた。・・・だけど、困った時に助けてくれる人がいるいうんは・・・なんか、ええなあ。」
「商人さん・・・・」
「あっ・・・そうは言うものの、何かお礼させてくれへん?何か欲しいものがあったら言ってんか?」
「何でも、いいんですか?」
「何でもええよ。俺が手に入れられるものだったら何でも持って来たる。」
アンジェリークはちょっとためらうような素振りをした後、顔を上げて言った。
「名前、教えてください」
「へっ?」
「商人さんの名前・・・・やっぱり、ダメですか?」
真剣な目だった。正直で、まっすぐなきれいな目。
・・・・こんな目に、ウソなんかつかれるか?
俺は観念した。正体ばれるかもしれんけど、もうそんなんどうでも良かった。
「チャーリー。・・・・チャーリー・ウォンいうんよ。今度からチャーリーって呼んでや。あんただけやで。」
「チャーリーさん。」
アンジェリークがにこっと嬉しそうに笑って、俺の名前を呼んだその瞬間、俺の心臓がきゅうーっと、音を立ててすぼまった。 息がぐぅっと苦しくなって、胸が何やら痛なった。
「あっ・・・そやっ、他の人にも何かお礼せなあかんなあー。どないしよー?」
ごまかし半分に口にした言葉に、アンジェリークはいきなり俺の耳元に口を寄せてきた。
「あのね、チャーリーさん。・・・・こうしたらどうですか?」
アンジェリークの息が耳元にかかる。
心臓の鼓動がめっちゃ速なってきた。
あかん。これ以上は誤魔化されへん・・・・・。
もはや認めるしかなかった。
俺はアンジェリークが好きや。
めちゃくちゃ好きや。
どうしようもないくらい・・・・好きや。
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