時計仕掛けのI Love You2

Angelique



「何・・・してんの?こんなところで・・・?」
月の光を浴びて浮かび上がったその人物を見て、私は一瞬、硬直した。

「どしたの?・・・あんたも眠れないの?」
オリヴィエ様は私を見て、ゆっくりと笑顔になった。

「オリヴィエ様を待ってました」
私は顔を上げると、思い切って言った。
この偶然は、神様がくれたたった一度のチャンスだった。
言わなきゃ・・・・今日言わなきゃ、今言わなきゃもう二度と機会はない。

「あたしを・・・?」
オリヴィエ様がかすかに首を傾げた。
「私、決まったんです。女王に。さっき陛下に呼ばれてそう言われました。」
「そうみたいだね。私達のところにも連絡があったよ。・・・・おめでとう、アンジェリーク。」

おめでとう・・・その言葉に私は咄嗟に激しくかぶりを振った。
おめでとうなんて言われたくない。
・・・あなただけにはそんなこと言って欲しくない。

「いやです!」
次の瞬間、私は自分でも抑えられないままに、音を立ててオリヴィエ様にすがり付いていた。
触れた肌が温かい。思わず涙がこぼれた。
「アンジェリーク?」
「いや!好きなんです。オリヴィエ様が・・・ずっと、ずっと好きなんです。いや。離れたくない。どこにも行きたくない。・・・傍にいさせて!」

オリヴィエ様の体にふれたとたんに、私の中に言い知れない安心感が広がっていった。私は オリヴィエ様にしがみついたまま我儘な子供のように声を上げて泣き出してしまった。

オリヴィエ様はそんな私を咎めるわけでもなく・・・だけど、抱き返してもくれなかった。
私のすすり泣きが小さくなってくるのに合わせて、オリヴィエ様はそっと私の両腕を掴むと、静かに自分の体から引き離した。

「ありがと。」
私を見下ろすオリヴィエ様の表情はとても優しかった。
その表情を見て、私は凍りついたようになった。
それは拒絶だった。
いつもと変わりない優しい笑顔・・・・・それは 私の体当たりの告白を、受け入れられないというはっきりしたメッセージだった。

「あんたの気持、とても嬉しいよ。本当に嬉しい・・・・。だけど・・・ごめん。その気持は受け取れない。」
「オリヴィエ様・・・・・」
泣き濡れたままの顔を上げると、オリヴィエ様はまっすぐに私を見ていた。

「あんたまだ、迷ってる。・・・・・そうじゃない?
本当にすべてを捨てて私のところに飛び込んで来たいと、そう思ってる?
・・・・・・あんたは私に決めて欲しがってる。だけど、そんなのダメだよ。あんたが決めるんだ。どんなにつらくても。」

オリヴィエ様の声はとても優しくて、だけど妥協を許さないものだった。

淡々と話すオリヴィエ様の声を聞きながら、私は体が芯から冷たくなっていくのを感じていた。
恥ずかしい。
絶望と同時に全身の血が逆流しそうなくらいの羞恥を覚えた。

ああ、分かっているんだ。
この人には、何もかも。

私は女王の責任を恐れる気持と、この人を慕う気持を一緒くたにして
逃げ出そうとしている。
この人に救い出してもらおうとしている。
「行かなくていい」「ここにいて欲しい」・・・・そう言って欲しがってる。

それは明らかに、卑怯で無責任な、甘えた気持だった。
一番大好きな、一番大事な人に、
一番みじめで愚かな自分を、全部見透かされてしまった。
こんなんじゃ、この人に愛されるわけもない・・・・・。

私は涙を横殴りに拭うと、無理やり顔をあげた。
しゃくりあげそうになる自分を死に物狂いで抑えて、私はやっとの思いでこれだけを言った。

「私。女王になります。・・・・自分で・・・・自分で決めました。」

「そう・・・。それがいいよ。」 オリヴィエ様は少し微笑むとうなずいた。
「頑張るんだよ。アンジェリーク。」

穏やかな声だった。優しい励ましの言葉を、私は最後まで聞けなかった。
私は機械的に一礼すると、踵を返して走り出した。


背後の闇の中に、オリヴィエ様が消えてゆく。
オリヴィエ様の存在がどんどん遠ざかっていく。
私は 一人で立たなきゃいけない。

私は女王になるんだ。



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