時計仕掛けのI Love You7

Olivie



取るものもとりあえず新宇宙に向かうと、私はまっすぐに聖殿を訪ねた。


聖殿の間全体をピリピリした空気がおおっている。

その真ん中にアンジェが思いつめた顔で立っていた。
青ざめて血の気のない顔。もう何日も寝てないに違いない。
明らかに自分を責めている表情だった。
華奢な体は今にも倒れてしまいそうに見えた。

「レイチェル。まだ原因はわからないのかしら?」
「まだ無理よ。各地から採取してきたサンプルがやっと届き始めたところだもの。今至急で調べてるから」
「私、もう一度天空の間に行って来る。」
「だめだよ。これ以上一気にサクリアを送ったら、あなたが持たないでしょう?」
「でも!」
「だめだったら!あたしが行かせないからね!」

切羽詰って言い争っている二人は、私が先触れもなしに入ってきたのにも全く気付いていないようだった。



「こーらこら。何慌ててんの。あんた達がケンカしちゃダメでしょう?」


私の声に驚いたように二人の動きが止まった。
こっちを振り向いたアンジェリークの瞳が大きく見開かれて、そこにあっという間に涙が滲み出す。
心細げな普通の少女の顔。それが泣き出したい気持に必死に耐えていた。

私はゆっくり歩み寄ると、アンジェの細い両肩にそっと手を置いた。

「しっかりしなさい!」

いきなりハッパをかけると、アンジェの体がびくっと震えた。

おずおずと顔を上げるアンジェに、私はゆっくりと笑いかけた。

「まず、落ち着きなさい。あんたがオタオタしてどーするの?あんたが動揺したらそれを見てる宇宙だって不安になるだろう?」
泣きべそ一歩手前の顔でアンジェがこくんとうなずいた。
「落ち着いたらちゃんと考えてごらん。これまで育てて来たんだから、どうしてあげたらいいか、あんたが一番良く分かってるはずだよね?」

アンジェはじっと私の顔を見ていた。潤んだ瞳の奥に、ゆっくりと強い光が湧き上がってきた。
ぐっと唇を噛み締めると、アンジェは私からレイチェルに視線を移した。

「天空の間に行くわ。崩壊が止まるまで戻らないから」
「だってアンジェ・・・・」
心配げに言い募るレイチェルに、アンジェはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よレイチェル。私達の宇宙はそんな弱虫じゃないでしょう?きっと頑張ってくれる!私は応援に行くだけよ。」
「アンジェ・・・・。」

アンジェは私達にくるっと背を向けると、部屋を飛び出していった。
追いすがろうとするレイチェルの腕を、私はつかんで引き止めた。

「ここにも研究院はあるんだろう?・・・そこに案内してくれる?」



ひんやりした空気が辺りを包んでいる。
私は出来たばかりの真新しい水盤の前に立っていた。

宇宙はまだ幼い。
ちょっとした刺激に怯え、震えていた。

私は直感した。
アクシデントなんかじゃない。これは生きていくのに必要な試練。
今まで女王に守られてきたあんた達が、自分の力で立ち上がるために通らなきゃいけない道筋なんだ。

「大丈夫。あんた達、まだちゃんと生きてる・・・・・生きられるよ。」

渾沌とした宇宙に語りかけると、私は水盤を通じて、まだ幼い宇宙へとゆっくりと力を注ぎ始めた。

明日を信じて。
自分の未来は自分で信じるんだ。
自分のことはまず自分が愛してあげるんだ。
あんた達はもう私達に生かされてる赤ん坊じゃない。
立てるんだよ。自分の力で。
信じればきっと、立てるはずだよ。



宇宙を覆い尽くしそうだった不安が、静かに引いていくような気がした。
私の力じゃない。


水盤を通じてはるか向こう側から、温かくて柔らかいオレンジ色の光が見えた。
この宇宙全体を愛して信じる強い力。
あの子のサクリアだった。

あの子の愛が静かに星の満ちた虚空に広がっていった。


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