<僕のバレンタインデー4>



午後になると、母さんが僕を呼びに来た。

「聖殿に行くんだけど、ユーリも来る?」
「 ・・・・行かない。」 僕は即答した。

お父さんに連れられて一度だけ行ったけど、僕はあそこが嫌いだった。
別に嫌なことがあったわけじゃない。みんな優しくしてくれたけど・・・・
・・・・だけど、何でだかあそこは嫌だった。・・・・行きたくない。

「陛下がユーリに会いたいっておっしゃってたんだけど・・・・。しょうがないから一人で行くかぁ〜・・・。」
「・・・・・・そんなに言うなら・・・行ってもいいけど。」
僕はなるべく気乗りがしなさそうな声を出して、だけどちょっぴり慌てて立ち上がった。



――― 青い髪の女王様。

お父さんと聖殿に行ったとき、僕は初めてあの人に会った。
あの時のことは今でもはっきりと覚えてる。
青い髪のあの人は、信じられないくらい・・・・・物語でも読んだことがないくらい、きれいで、堂々としていて、いい匂いがして・・・そしてとても優しかった。

「会いたかったわ・・・ユーリ・・・・。」

僕を見てあの人はそう言ったんだ・・・・。
そして、青いドレスの胸の中に、僕をぎゅっと抱きしめた。

柔らかな胸に抱かれた瞬間に甘酸っぱいなんともいえないいい匂いが流れ込んできた。
豪華なレースの襟飾りと、あの人の柔らかな巻き毛がほほに触れて、それがくすぐったくて気持ちよくて・・・・。しっかりと抱かれた腕の中はとても温かで柔らかくて・・・・・。
息が止まりそうだった。
僕の時間は完全に停止していた。
そこから先のことはほとんど覚えてない。
お父さんに手を引かれ、馬車に押し込められて家に戻ってからも・・・・僕の胸の中からはあの女神様のように美しい人の姿が離れなかった。


あの人が、僕に会いたいって・・・・。
あの人に・・・・・また、逢えるんだ。




「良く来たわね、ユーリ。」

あの人はこの間みたいな裾の広がった豪華なドレスじゃなくて、薄紫の柔らかそうなドレスを着ていた。
そんな格好をしたあの人は、堂々とした近寄りがたいところが減って、女王様じゃなくてまるで御伽話に出てくる妖精みたいに見えた。とても優しそうで・・・・何だかちょっぴり守ってあげたいと思うくらい、弱々しく優しげに見えた。

「・・・・・こんにちわ」

僕は破裂しそうにドキドキする心臓を押さえつけながら、無理やり顔を上げて平気そうに答えた。
もうちょっと気のきいた、大人らしい挨拶がありそうなものなのに・・・こんなときに限って何も浮かんでこなくって僕はちょっぴり焦っていた。大人みたいに跪いたり、手にキスをしたりした方がいいのかも知れないけど、・・・・・やり方が分からない。迷ってる間に僕はすっかりタイミングをはずしてしまっていた。



「お母さんに聞いたわよ。聖殿に来るのがいやなんですって?わたくしのことが嫌いなの?」
「そんな!好きです!・・・ぼく、あなたのこと大好きです!」

「・・・・ユーリ・・・・!」
母さんが僕の脇を思い切りつついた。

「良かったわ、あなたに嫌われたのじゃなくて・・・・。わたくしもあなたが大好きよ、ユーリ。」
そう言うとあの人は僕に向かってにっこりと微笑んだ。
僕はその、ものすごくきれいな笑顔に見とれて、声も出せずに立ち尽くしていた。

「プレゼントよ・・・私の小さな騎士さんへ」

女王様は真っ白な手を僕の方に差し出した。
きれいな手に握られた小さな箱を両手で受け取りながら、ほんの少しあの人の指の先が僕の手に触れた。


僕は卒倒しそうなくらいの眩暈を感じながら、女王様の手からその箱を受け取った。



 

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