<幻櫻鬼4>




ルヴァが再び変わったのは・・・

聖地の外れの杜の櫻の花が綻び始めた
・・・約一週間ほど前の頃からだろうか?

もしかしたら、『変化』というより『戻りつつある』の方が表現としては正しいのかもしれないが。

言葉に巧く表せないのだが、雰囲気というか、物腰・・そんなものが昔に似ている
以前の・・そう、まだ彼の愛する少女が守護聖の間を軽やかに飛び廻っていた頃の彼に。

頑なな態度は格段にその数を減らし、言葉の端々にもそれと判らない位だが柔らかさが滲んでいる。
でも・・何よりの変化はその笑顔。
作り物めいた薄っぺらな笑顔を貼り付けたのではなく、心底からと判る微笑を・・・やっと見せるようになった。

「おっさんもよー歳の割りにゃ、よけーなしんぺー掛けすぎだよなっ」
「まっ、イイんじゃなーい・・あんなふうに笑えるようになったんなら・・
こっちとすれば願ったり叶ったりよ。
なんにもゆ〜ことないわ。」
「やっとメシがウマく食えるってもんだぜ」
「ホントホント、アタシだってコレで化粧のノリもよくなるってもんだわ・・って、何、逃げの態勢になってんのよ、アンタにゃしないから安心おし。
ん・・なんとなーくお疲れー・・って気がしないでもないケド、ま、ルヴァのことだからまた小難しー本にでも夢中になって夜更かししちゃってたんでショ」
「ははっ、違いねーや」

あれこれ考えを巡らし・・在らぬ事迄をも危惧していた教え子(兼弟分)のゼフェルと飲み友達のオリヴィエ(・・ルヴァとは対照的に派手なわりには何故かウマが合った)は、それぞれホッと胸を撫で下ろした。



このまま何も無ければ・・・
それで―――お終いの話だった。




ルヴァは、一切確かめようとはしなかった。

たった・・なのか、
もう・・・なのか、
幾度目かの夜を過ごしても、

原因も、何時までこうしていられるかとかも、そもそも・・・"彼女"が本物の彼女であるかどうかさえも。
彼にとってそれは然したる意味を持たなかったのだ。


「今夜も・・また、お会いできましたねー
嬉しいですよ・・」
「ええ、私も嬉しい・・」
蕩けるような甘い微笑を互いが互いの瞳の中に見る・・
ルヴァが程よい力加減で抱き寄せその胸の中にすっぽりと納めるとアンジェからは花の香が仄かに立ち昇った。
頤にそっと手を添えて角度を付け、唇を寄せると頬を染めながら瞳を伏せ・・口付けを待つ仕草がとても・・愛おしかった。

――ああ、貴女は・・何も変わっていない。


失った。と、
もう、二度とは触れることさえも望めないのだと・・思い、打ちのめされた日々は未だ記憶に新しいけれど、今この腕の中には全てを投げ出してもいいと思える女性(ヒト)が居る。
―――今しか逢えないのなら・・今だけ感じていよう。

この瞬間が少しでも長く続くことだけをルヴァは願い・・そして、切なる祈りを抱え込んだまま唇を重ねた。








――――夜は・・艶やかさを帯びながら更けゆく―――








獣めいた吐息がだんだんに緩やかなものへと戻る。

ルヴァの腕の軽い痺れは、掛かる甘やかな重みの所為。
激情の余韻に浸りながら、男の手にしては些か白い、筋張った指で蜜色の髪を絡めとっては弄ぶ。

すると、まるで会話を交わすように
柔らかでほっそりとした指がターバンの無いダークブルーの髪を緩やかに梳く。

ややあって・・
無言だった空間に
ぽつりと囁きが零れた・・。

「これは・・夢よ。櫻の見せる夢なの・・」

それでもいい?・・・言葉にならぬ先は視線で問う・・微かに笑う彼女は今にも掻き消えてしまいそうな程儚げで・・
それでいて魂にまでも焼付きそうなくらいに美しかった。

「ええ、・・こうして貴女と居られるのなら・・それだけで十分に幸せ・・ですよ・・」

胸元に新たに紅い花を咲かせながら・・ルヴァは問いに答える。

知っていることにも
知らないでいることにも
どちらにも目を向けずに。

ゆらゆら・・
ゆらゆら・・

極薄の"紗"で隔てられた此処であって此処でない場所で・・紡がれるのは・・

優しくも哀れな睦言――。








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