〜Blue Blue Eyes〜

2.憧憬

「なるほど、そう来たか・・。では、これではどうだ?」
かたんと白黒の机上でルークが動く。
太陽がまだ頂点に達しない休日の午前中。その人の司るサクリア同様に、まぶしく気高い光に包まれた執務室。
先ほどから、女王候補の1人であるロザリアは、この部屋の主である光の守護聖ジュリアスとチェスに興じていた。

『今日は休日だが・・・。時間があるのなら、一戦交えてみぬか?』
部屋に着いてもなかなか話を切り出せなかった彼女を見てジュリアスが出した提案。
育成の行われない日の曜日。自分の中の定まらない心を、乱れそうになる感情をもてあまし気味だったロザリアは、この光の守護聖の執務室を訪れていた。
ジュリアス様にお会いすれば、少しは答えが見つかるかもしれない・・。そう思ったから。

「チェックメイト。」
凛とした迷いの無い声。いつも、どんな話を伺うときでも、光の守護聖の声に迷いはない。
「チェスとは・・。」
一瞬自分の思考に落ち込んでいたロイヤルブルーの瞳がその声に導かれるように浮上する。視線の先にいるその人は、気高い光に包まれながら、キングの駒をそっと持ち上げる。
「チェスとは、戦い。キングという主人を守るためにその他の駒達は自分の命を犠牲に相手の陣地へと切り込んでいく。その戦い方には、如実にその者の性格を映し出す。
キングさえ守れれば、他の駒はどうなってもいいという者。自分の持ち駒の犠牲は極力抑えて相手を切り崩す者。自分の駒も相手の駒も生かしながら、キングだけをねらう者・・。様々だ。」
そういうと手に持っていたキングをそっと机上へと置く。ゆっくり向けられた視線にはいつのと同じ真摯な瑠璃色、でもそこに執務中のような威圧感は存在しない。
「最近、相手といえばオスカーだけだったので、久しぶりに緊張した戦いが出来た。礼を言う。・・・ところで、何か話があったのではないか?」
少しだけ視線を下げるが、すぐにいつものように強い意志を持って、ロザリアは語り出す。
「このような事、お聞きするのは失礼な事なのかもしれません・・。ですが・・」
「構わぬ。それで、そなたの疑問が消えるのならばそれに越したことはない。そなた達女王候補が滞りなく試験を進めること。それが私達守護聖にとっての責任の一端なのだ。」
「ジュリアス様・・。ジュリアス様は、生まれたときから守護聖になる事が決まっていたと、そう伺いました。幼い頃より、守護聖になる為と教育を受けておられたと・・。下界にいた頃についてもそして聖地に来られてからも・・同年代の方達を見て、後悔したり、悔やんだりした経験はございませんか?もし、自分がこのような立場で無かったならと。もちろん、守護聖という存在を否定しているわけではありません。むしろ、女王陛下を助け宇宙を導くその責に尊敬の気持ちを持っております・・。でも、それでも、」
真っ直ぐ向けられる瞳には、何かを訴えかけるような小さな揺らめき。好奇心や興味本位の問いかけではないことは、逸らされることなくぶつけられる瞳で解る。
「・・・・確かに、私は生まれたときから首座の守護聖となることが決められた身であった。
私の両親は、いつ守護聖として聖地に召されることがあってもいいようにと私にありとあらゆる知識を与えた。人はその事について色々と言うだろう。人並みな家庭の幸せを知らぬ不幸な者だと・・。そう言われたことも確かにあった。だが一般的な家庭とは違ったかもしれないが、私は確かに両親に愛されていた記憶を今でも覚えている。優しい感覚を今でも思い出すことが出来る。
同年代の者が楽しくしている様子を見て、全くそれに憧れなかったのかと言われれば、確かにそのような様子に多少なりと寂しさを覚えたことも無い事はない。しかしそれ以上に、私は自分の持つ責任の重さが、自分の果たすべき役目が誇りに思えた。人にはそれぞれ生まれてきた理由が有るのだろう。それに気付かずに死んでいく者もいる。だが私は私が生きていく理由を知っている。その責任の重さ、重大さ全てが私にとって誇りなのだ。だからこの生き方に後悔したり悔やんだことはない、むしろこの生き方を与えていただいたことに感謝している。」
揺るぎない信念。その司るサクリアと同じ誇り高き首座の守護聖。
その姿に、その言葉に少しづつ解けてゆく迷いの心、そう私は・・。この方のこうした生き方に憧れている。同じように、幼い頃から女王候補といわれ育ったわたくし。その事にわたくしは不満も不幸も感じたことは無かったのに・・・。ここに来てから、あの子と一緒に試験をしていくうちにわたくしは疑問を抱いてしまった、わたくし自信の生き方に・・。これを払拭したかった。そうしなければ今まで生きてきたわたくしの人生が、音もなく崩れてしまいそうだったから・・。
「ありがとうございます、ジュリアス様。・・・わたくし、周りにばかり気をとられて、自分自身を見失ってしまう所でした。」
揺れていた瞳にいつもの強さ。まだほのかに残る迷いをそのままにそれでも口調には力強い意志。
「そうか・・。私も、このようなこと余り話したことは無いのだが・・。それでそなたの気持ちが晴れたのならそれでよい。」







少しだけ軽くなった心で、ジュリアスの執務室を出ると、目の前の廊下から下の中庭が見える。いつものように、其処にはもう1人の女王候補と、若い守護聖達・・・
屈託無く笑う声。まるで地上をあまねく照らす太陽のように、周りにいる者達を照らす明るい笑顔。一緒にいる守護聖達も笑う。自分には決して向けられない笑顔で・・・。
わたくしの何が、足りないと言うの?・・・どうしてあの子はあんなに屈託無く笑うことが出来るのだろう。そう、わたくしに対してさえ。ライバルであるわたくしにさえ。
軽くなった心がまた少し傾き始める。・・・それがが怖くて、ロザリアはふいと視線を逸すると足早に自分の部屋へと向かった。

自室に戻っても、まだ瞳に焼き付いて離れない笑顔。わたくしは、あんな風に誰かと話したことがあっただろうか?いつも、時期女王候補として・・と言われて育った。心を許して、心から笑い会える友達、そんな友達がいただろうか。周りにはいつも同じように女王候補になるべく努力する友の姿があった。でも、どんなに仲良くなろうとも、お互いライバル。弱みを見せられない、常にお互いに競い合い、向上しあう・・。そんな仲間しかいなかった気がする。
・・・あの子は簡単にそれを作ってしまう。あの太陽の笑顔で・・。それを見ているとなぜだろう、わたくしの中に今までに知らなかった感情が生まれてくる。
いつも、答えたいと思うのに、きちんと話してみたいと思うのに・・。口から出てくるのは正反対の言葉ばかりで・・。
コンコンと少し控えめなノックが聞こえる。窓からこぼれる光は少し赤く染まっている。もう夕方・・・・
カチャリとドアを開けば、其処にはつい今まで考えていたあの笑顔。
「あ、ロザリア!よかった。入ってもいい?」
屈託のない笑顔、わたくしには出来ない。・・・・わたくしは・・この笑顔に憧れている?
「どうぞ。でもあまり時間はとれなくてよ?」
「うん、いいの。ありがとう」
戸惑うことなく部屋にあがるとおずおずと、背中に回していた手を持ち上げる。
「今日、マルセル様に頂いたの。綺麗でしょう?ロザリアに似合うと思って!」
その手には、深紅のバラが1輪。・・・バラの花・・ですって・・。
「・・・そう・・・。」
何故、わたくしにバラの花なのかしら。いつもそう、貴女にはバラの花が似合うとかバラの花のようだとか・・・・この子も同じように私を見ているというの?
「今度、ロザリアも一緒に行きましょう!マルセル様の花壇とても綺麗なの。それにゼフェル様やランディ様も・・・」
「ずいぶん余裕があるのね?」
「・・ロザリア?」
「あなた、忘れていないかしら?わたくし達はここに遊びに来ているわけではないのよ?」
・・・違う・・・こんな事言いたい訳じゃないのに・・。
「それに、昨日研究院にいったときあなたの大陸見させて頂いたけど・・。」
「あ、私も見てきた!ロザリアの大陸!さすがだなぁって思って。私今まで何の知識もなかったから・・・でも頑張るから見ててね!」
「見ててって・・。いいこと?わたくし達はライバルなのよ?どちらかが女王になるために試験をしている最中なのよ?その辺のことちゃんとわかっているのかしら。何故わたくしがあなたの大陸のことまで観察しなくてはいけないの。それに、女王になるのはわたくしよ。」
・・・また・・・何故素直に言えないの。・・・わたくしがエリューシオンを見て感じたことを・・。
「・・ロザリア。」
「用件はそれだけかしら?なら・・帰ってくださる?わたくし、明日からの準備で忙しいんですの。」

少し強引に扉を閉じると、程なくぱたんと隣の部屋のドアが閉まる音がする。
「どうして、いつもこうなるのかしら・・。本当は嬉しかったのに。あの子が、花を持ってきてくれたこと。この部屋を訪ねてくれたこと・・。」
手の中で揺れる深紅の薔薇、綺麗な赤と生き生きとした緑の葉。すっと花びらを撫でると柔らかくてなめらかなビロードの感触。・・わたくしは、薔薇のような人間ではないわ・・・。
わたくしは、出来なかった。あの子と話をしようと思っても部屋へ行くなんて考えたこともなかった。わたくしに出来ないことを簡単にやってしまうあの子。・・・わたくしは、あの行動力に屈託のない笑顔に・・・きっと・・憧れている・・・

 

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