〜Blue Blue Eyes〜

4.マーガレット(2)
突き抜けるような青空の中を、疾走する1頭の馬。馬上で、めまぐるしく変わる風景に、この飛空都市の中にもこんなにたくさんの景色が内在していたのだと、少し驚いた様子で追いかけていたロイヤルブルーの澄んだ瞳が、その早さに耐えきれずにそっと閉じられる。
程なく、飛空都市の中でも端の方にあたるその場所で、ゆっくりとその馬は動きを止める。
「ここだ。・・どうだいお嬢ちゃん?」
声に促されて、ゆっくりと目を開けば、そこに拡がるのは雄大で可憐な白の絨毯。
「まぁ・・・。」
驚きの声をついたまま、その風景に魅入っていた彼女をそっと馬上からおろすと、ゆっくりその絨毯の中を進む。
「ここは、人の手が全く入っていない天然の場所なんだ。・・・今の、お嬢ちゃんにそっくりだと思ってな。」
「わたくしに?・・」
ゆっくりと、咲き乱れるマーガレットの中を進むとその中央付近の少しだけ開けた場所に、自分が纏ってきたマントを広げると、オスカーはその上に座り込みまっすぐにマーガレットを見つめながら語りかける。
「とりあえず、座ったらどうだ、お嬢ちゃん。」
試験の当初の頃は、このお嬢ちゃんという呼ばれ方に多少なりとも反感を覚えたが、それがこの人の、オスカーなりの気の使い方だと解ってからは、ロザリアはそんなに気にしなくなっていた。
守護聖という一種独特な存在、そのために女王候補が萎縮してしまわないように。オスカーだけではなく他の守護聖達も気を遣っているのだという事にロザリアは気づいている。
「えぇ。ありがとうございます。オスカー様。」
ゆっくりと地面に腰を落ち着けてその様子を見れば、人の手が本当に入っていないのかと思わせるほどに綺麗でそれでいて力強い花達・・。でもどうしてこれがわたくしに似ているのかしら・・。
「さっきも言ったとおり、ここは人の手の入っていない天然の場所だ。このマーガレット達は、己の力で土の中から養分を探し、そして水分を補給しこうやって可憐で美しい花を咲かせるんだ。誰が見ていなくても、このマーガレット達は懸命に今を生きて、そして盛大な花を咲かせるんだ。・・自分の生きている証を残すかのようにな・・。俺はそんな生き方が悪いとは言わない。それはそれで立派に1つの信念だからな。でも俺はこの場所を見つけた。本当に偶然だったけどな。ここでこうして生きている命があると、そう知ってもらえるのは・・・嬉しい事何じゃないのかな?」
すっと目の前にある1輪の花を優しく手折って、この地に着いてから初めてアイスブルーの瞳がロイヤルブルーを捕まえる。
「お嬢ちゃんと、・・似ているだろう?」
この人は・・・、わたくしの心の中にある不安を、わだかまりを・・・知っているの?
心の奥まで突き刺さるようなアイスブルー。何かを言いたいのに告げられない、反らしたいのに反らせない力強い視線。・・それをきっと知っていて、この人はきっとこうして見ているのだろう。楽な道へ逃げ込まないように、きちんと自分の心と向かい合えるように・・・。
「あの、どうして、ですの・・?」
言いたい言葉があるのに、見つからないもどかしさ。それを見てそっと、呪縛を解くかのように反らされる瞳。
「どうして、か・・。そうだな・・。でも本当はお嬢ちゃんも解っているんじゃないのか?どうしてなのかって事が。」
「わたくしが、ですか?」
「あぁ。・・お嬢ちゃんは、確かに周りの人に次期女王候補として育てられたかもしれない。だが、君は君の意志で、君の力だけで育成を行っている・・。たまに守護聖達からアドバイスがあったとしても、君はそれを鵜呑みにはしない。自分の行ってきた育成と照らし合わせ必要な所だけを上手に選んでいく。ここの花達と同じ、自分に必要なものを自分で選び出して成長しようとする。たとえそれが誰の目にもわからなかったとしても。・・・そして、誰もがそれを当たり前だと・・、そう思っているんだろうな・・。」
「オスカー様は・・違いますの?」
少しだけ、語尾がふるえているのは・・それは・・きっと。
「さぁ、どうだろうな・・」
軽くウインクを飛ばして、彼方まで続きそうな白の絨毯をゆっくりゆっくり見つめて・・。
「マーガレットの花言葉を、知っているか?」
唐突に振られた質問に、何を言われているのか解らない瞳がさまよう。
「一重のマーガレットの花言葉は・・・真実の友情・・というんだぜ。」
そっと先ほど手折ったその1輪を手渡して、視線はそのまま白の絨毯を追いかける。
「ここのマーガレット達を俺が見つけたのは偶然だ。だが、君は違う。もう気づいているんだろう?自分1人ではない事に・・。君自身という天然のマーガレットを見つけてくれた友人がいるって言う事に。いつまでも意地を張ってばかりじゃ、先には進めないぜ・・お嬢ちゃん。」






「オスカー様・・。」
どうして、解ってしまったのだろうか。それとも、わたくしは自分が思っている以上に表情に態度に現れてしまう人間なのだろうか・・。だとすれば、この聖地にいる人は、守護聖様達は・・こんなわたくしの感情を全て・・知っているのだろうか・・。
驚愕と不安が胸を覆う。これから、わたくしはどうしたらいいのだろう・・。
「他の奴はそんなに気づいていないだろうな・・。まぁオリヴィエ当たりなら解っていても不思議じゃないだろうが・・。」
「え?」
また・・・オスカー様は・・どうして解るのだろうわたくしの考えている事が。
「初めてでしたの・・。わたくしを’時期女王候補のロザリア’としてではなく、同じように生活してきた17歳の少女だと・・そう思って接してくれたのが。最初は、同じように女王湖補に選ばれたからかとも思いましたわ。でも、アンジェリークは誰に対しても同じように接していたから・・・わたくし、本当はとっても嬉しかった・・。あの子がわたくしの部屋に来てくれた事も、毎朝声をかけてくれる事も、わたくしの大陸まで見ていたって事も・・。なのに、口から出るのはいつも思っている事と正反対の事ばかりで・・・。それでも、気にせずに次の日にはまた声をかけてくれるあの子に・・甘えていたのですわ・・・。自分の心の内は見せないで、理解してもらっているだなんて・・。でも、わたくし、どうやって接していけばいいのか解らないんですの。今までわたくしの周りにいた子達はみんな、同じように女王候補になる事を目標に、どんなに仲がいいと思っていても隙があれば自分が上に立とうってそんな友達しかおりませんでしたから・・・。だから、何の計算もなく無邪気に笑いかけるあの子を見ていると・・・。なんだかわたくし・・。」
「羨ましかったんだろう?最初にあったときから・・。屈託なく誰にでも笑顔を見せられるもう1人のお嬢ちゃんの事が・・。」
「知っていたのですか?・・いつから・・。」
「多分、その瞬間を見たときから・・・だろうな・・。だけどお嬢ちゃん、それはお嬢ちゃんに限った事ではないと思うぜ。知っているか?もう1人のお嬢ちゃんが、君のことを羨ましく思っている事を・・。」
「・・・どうして、ですの?・・」
「それは、これから君たちが2人で話し合って知っていけばいい。自分の気持ちを素直に伝えるっていうのは誰にだって難しいものだ。俺も聖地にあがったばかりの頃は、なかなかなじめずに苦労したんだ。特に同期だったリュミエールとはお互いのサクリアの持つ性質が違うためか、なかなか歩み寄れなかった。でもな、きっかけがあれば、人は変わっていけるものだろう?そのチャンスを作れるかどうか、それだけの事何じゃないのか?今まではずっと待っているだけだったんだろう?もう1人のお嬢ちゃんがやってくるのを・・それじゃいつまでたってもお嬢ちゃんは先へ進めないさ。自分が思っている事をちゃんと伝えたいのなら・・・チャンスは自分で作る事だ。」
さわやかな風に花びらを揺らせる手の中の1重のマーガレット。・・・その1輪を見つめながら・・ロイヤルブルーの瞳は静かにそして力強く瞬いた。

 

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