〜Blue Blue Eyes〜

6.独白

さらさらと、穏やかな風が流れる飛空都市。
聖殿の門を抜けて、2つの影がゆっくりと確実に近づいてくる。時に笑い声を響かせながら・・。
「あ!! オスカー様!!後で育成のお願いに伺いますね!。」
聖殿の2階、中庭に面している廊下を渡る炎の守護聖に下から声をかけるのは女王候補の1人アンジェリーク。
「ああ。了解した、お嬢ちゃん。」
軽くウインクで答えを返すと、17歳の女の子らしくちょっとだけ照れて頬を染める。
「もう、アンジェ・・そんな大きな声で・・。」
隣で2階を見上げながら、優雅に1礼して隣の少女を呆れたように見つめるもう1人の女王候補ロザリア。
「元気なのがお嬢ちゃんのとりえだろ?・・そうだ、この間話していたサクリアの件だが、さっき研究院から連絡が来ていた、後で取りに来るといいぜ、お嬢ちゃん。」
同じように、ウインクをして返すと、蒼い髪の女王候補は緩やかな微笑みを湛えてまた優雅に一礼する。
「ありがとうございます、オスカー様。・・これから2人でディア様の所に参りますの・・。その後お伺いしますわ。」

「ふふ。あの2人、ずいぶんと仲良くなったんですねぇ〜。」
ゆっくりと、廊下の反対側から近づく地の守護聖。
「ルヴァ。」
「貴方の言葉が効いたんでしょうね、きっと。ロザリアから、何かを守ろうとするとげとげしい雰囲気が最近無くなりましたし、アンジェリークはこの所、急に大陸の育成率が上がっていますからねぇ・・。」
「・・それを言うなら、ルヴァ。お前もだろう?まさか、同じ時期に同じ事を考えるやつがいるなんて、ましてあの場所を知ってる人間がいるなんて知らなかったぜ?」
「お見通し・・ってやつですか〜?」
「いや・・。この間ロザリアから聞いたんだ。女王候補といってもやっぱり17歳の女の子同士なんだろう。」
「そうでしたか〜。」
聖殿の中に女王候補達と年少の守護聖達の笑い声が響き出す・・。朝のひとときの出来事。







カラン・・・・。
グラスに落ちる氷の音が心地いい。珍しく、早い時間に執務が終わってお気に入りの1本を開ければ、鼻先をかすめるアルコールの刺激。
女王試験が始まって、4ヶ月。初めのうちはまだ安定していた宇宙だが、最近ではそう楽観できる状態でなくなっている。
「崩壊・・・か・・。」
グラスの中でカタンと氷が揺れる。アルコールの海を漂う小さな固まりが徐々に小さくなる様子が今の宇宙に重なっていく。
つい3日ほど前にも、宇宙の片隅にある小さな惑星が、崩壊の危機に立たされた。
住民を移動し、被害状況を伝え、聖地に戻りサクリアの調整をする。その感覚がまた短くなっている。だからこその女王試験。
グラスで奏でる氷の音だけがゆっくりと響く夜の静粛。
ふと、昼間に出会った少女のことを思い出す。
「俺らしくないな・・。」
グラスの残りを一気にあおって、2杯目を注ぎながら、自嘲気味な独り言が落ちる。
飛空都市にやって来た女王候補の1人。ロイヤルブルーの長い髪と、同じ1対の瞳を頂く少女。
はじめに持った疑問。最初は何だか解らなかった感情が今では手に取るように解る。
初めて彼女と会ったときのことを、今でも鮮明に思い出せる。
凛とした姿のはっきりとした姿勢。生まれたときからずっと女王になることを目標として生きてきた彼女には、ジュリアス様と同じ雰囲気を纏う。
だがその中に一瞬だけ見え隠れする揺らぎ。それが妙に引っかかったのを覚えている。そして、それが、俺が彼女に興味を持つきっかけになったのだと言うことも・・。
廊下ですれ違うたびに、執務室に育成のお願いをしに来るたびに、少しずつ少しずつ、色んな話をする。
そして、そのたびに深まる興味がなんなのか、決定的になったのは、あの日。
聖殿の渡り廊下から中庭を見つめるお嬢ちゃんに声をかけたときだ。
『時間が有るなら、少しお茶でも飲んでいかないか?・・・』
別にその言葉をかけた事自体が問題なわけではない。この飛空都市で働く、そして聖地にてその仕事に就いている数多の女性に同じように声をかけてきた。それは聖地に上がる前からやって来たことだし、俺としてはごく普通のことだ。
ただ、その時の彼女の反応に、それを見たときにこの思いは決定的になったって事だけだ。
迷いなく、顔色一つ変えず俺の誘いを断る。その瞳に宿るのは、今までの生き方。”女王になる”。
その1つの思いだけを、その1つの願いをただ真っ直ぐに見つめ続ける。
今まで出会った女達の中にそんな意志を持った女性は1人もいなかったことに、俺はその時気が付いた。目標を持ち、ひたすらそれに向かって進む姿に強さと、そして・・。
ただ、1つ気になったこと。彼女が見せる僅かな揺らぎ。それがなんなのかもその時はっきり解ってしまった。
それは・・・・”憧れ”だと言うことに・・・・。

カラン・・とまた溶けた氷が音を奏でる。時間の流れを告げる時計の針の音のように・・。
空になったボトルをそのままに、新しいボトルの栓を開ければ、氷でぼやけていたアルコールの香りが再び嗅覚を刺激する。
俺は迷っているのか、自分の気持ちに。・・・窓の向こうに細い三日月。消え入りそうなその輝きに自分の思いが重なっていく。
このまま・・・・あの月のように消し去ってしまうことなど・・出来はしないだろう。

 

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