〜Blue Blue Eyes〜

9.告白

カキン・・ガシャン・・
激しく剣と剣のぶつかり合う音。
シュっと空切る風の音。
「・・・っ。」
カランとランディの剣が床へ転がると鋭い切っ先が鼻先に突きつけられた。
「だいぶ上達したと思っていたが、まだまだのようだな?」
すっと剣を納めると、
近くにあった椅子からタオルを取ってランディへと投げる。
「ありがとうございます!オスカー様。」
にっと瞳だけで返事をすると、オスカーはテーブルの上に置いてある水差しからゆっくりとコップに水を注ぐ。
注ぐたびにカラカラと水差しの中の氷が踊る。
「それにしても、しばらく手合わせしていないうちにずいぶんと上達したじゃないか?」
最後に手合わせしたのは何時だったか。
その時は力に任せるだけだった剣裁きに少しではあるが、相手の力を利用しようとする動きが出てきた。
まだまだ頼りないところもあるが、あと数年すれば本気で手合わせが出来る相手になるだろうと少しだけその顔に笑みがこぼれる。
「本当ですか!!嬉しいです。俺、ずいぶんとオスカー様に練習見てもらえなかったから、今度するときは少しでも上達したと思ってもらいたくって・・。」
17歳の少年らしく。真っ直ぐで曇りのない満面の笑みを湛えて、答える。その瞳が一瞬オスカーの刀に向けられる。
「気になるか?」
すっと差し出したのは、その鍔元に飾られた装飾。
「あ・・すいません。この間、リュミエール様に言われたんです。きっとそれは大切な人からのプレゼントだろうって。」
「リュミエールが?」
「ええ!でもこうやって間近で見ると本当に凄い細工ですよね。俺芸術のこととかはよく分からないけど、かっこいいなって思います。」
キラキラと瞳を輝かせて話すその様子に、どうやら手合わせ出来るのは当分先になりそうだと・・苦笑いがおちた。
「遅くまでありがとうございました!また練習見てください!」
すっと頭を下げるランディに「身体を冷やすなよ?」と声をかけて走りながら遠ざかる背中を見送る。

「・・・大切な人からのプレゼント、か・・。」
ランディが残した言葉に導かれるように、すっと飾りに触れる。
そう、あの日から・・・・







もう1ヶ月になるだろうか?
「オスカー様、次の日の曜日のご予定、何か決まっておりますか?」
女王候補の1人、ロザリア。いつものように、育成を頼みに来て、ほんの少し世間話をした頃。
「これは珍しいな。お嬢ちゃんからデートのお誘いとは・・。もっとも、お嬢ちゃんからのお誘いなら何を置いても優先させるぜ?」
「もう!からかわないでください、オスカー様。」
「はは、いや、実を言うとお嬢ちゃんの所に行こうと思っていたところさ。ここしばらく週末は聖地に戻っていたからな。」
「そうでしたの?わたくしも、オスカー様の所にお伺いしようと思っていましたの。」
「そうか。なら、日の曜日は、部屋まで迎えに行くぜ、お嬢ちゃん。」
「いつも迎えに来ていただいて、悪いですわ。今回は、わたくしが参ります。よろしいでしょう?」
「そうだな・・。じゃあ、朝、ここで待ってるぜ。」

コンコン・・・。
「おはようございます。オスカー様。」
いつもの制服とはちょっと違う蒼のワンピース姿で、日の曜日ロザリアは炎の守護聖の執務室に現れた。
「お早う、お嬢ちゃん。いつもの制服も似合ってるが、今日の蒼もとても似合ってる。さすがだな?」
「ありがとうございます。」
「で?今日はどうしたい?何処か行きたいところがあればお供するぜ?」
「そうですわね・・・。」
少し首を傾けて、考え込んでしまったロザリア。どうやら特に決まった場所に行きたいわけでは無いらしい。
「なら、一緒に行きたい場所があるのだが、つき合って頂けるかな?お嬢ちゃん。」
いつものウインクが飛んで、「喜んで。」とロザリアが答えると、そのまま執務室を後にする。

目の前には何にも邪魔されない、聖地の風景。
「こんな所があったなんて・・わたくし、飛空都市で生活していながら全く気が付きませんでしたわ。」
足下に、聖殿を、特別寮を見下ろすその場所は、飛空都市の中に唯一存在する丘。後ろには、湖へと落ちる滝の源流が存在する。
「普通に生活していれば、こんな所滅多に来ないだろう?」
柔らかい草の上に腰を下ろすと、緩やかな風が肌をくすぐる。
「なんだか、もったいない気がしますわ。こんなに素敵な風景ですのに・・。」
同じように隣に腰を下ろしながら、長いロイヤルブルーの髪をそのまま風に遊ばせて、飽きることなく飛空都市の風景を見つめる。・・程なく、視線がはずされると、自分のバックの中から小さな包みを取り出した。
「この素敵な風景に、すっかり忘れてしまうところでしたわ。今日、オスカー様にお会いしたかったのは、これを受け取って頂きたくて・・。」
「俺に?ありがとう、お嬢ちゃん。今、開けてもいいか?」
「えぇ。」
送り主と同じように、品のある深い蒼のラッピングペーパーとリボン。
すっと、解くとそこから現れたのは、
「これは・・・。」
繊細でいて大胆。小振りでありながらも確かな存在感。鍔元を飾るにふさわしく、邪魔にならずけれども多少の事では壊れることが無いであろうしっかりとした重さのある飾り。
「・・この間、公園に来ていた商人さんのところで見つけましたの。いつもオスカー様が帯びてらっしゃる剣に似合いそうな気がしたので・・。でも、あくまでもわたくしの主観なので、お気に召さなければ、」
「とんでもない。こんな素晴らしい飾りはそうそう見つからないぜ?さすがお嬢ちゃんだな。本当にありがとう。」
そのまま、自らの剣をはずすとその鍔元へその飾りを付ける。
「お嬢ちゃんの見立て通りだ。よく合っているな。」
「よかった。」
少し不安げだった横顔に笑顔が戻る。品があってそれでいて、目標に向かい真っ直ぐに見つめる瞳。
綺麗なだけの、上辺だけの笑顔ではない。
一つの信念をもって生きる、その内側から溢れる、力強い微笑み。
・・・試験に残されている時間は少ない。女王になるために生きてきた少女。その思いは強く、そして俺を引きつけて止まない。
女王になる。すなわち宇宙の至高の存在へ・・。そうなれば、こうして共に風景を見たり語り合ったり、それすら難しい事になる。
。炎の、強さを司る守護聖として、試験が始まってからというもの何度も宇宙の様子を見てきた。その宇宙の状態を思えば、1日でも早く新しい女王が生まれることを望む。
けれど・・・・心の何処かで思っている俺がいる。この時間が続けばいいと・・・。
決して、女王陛下を、この宇宙を軽んじている訳ではない。
「お嬢ちゃん、・・・話しがあるんだ。」
いつも違うアイスブルーの瞳に、少しだけロイヤルブルーの瞳がとまどう。
「まわりくどいのは好きじゃないんだ、単刀直入に言う。お嬢ちゃん・・いや、ロザリア。」
初めて、お嬢ちゃんではなく名前を呼ばれたことにその瞳が大きく見開いた。
「俺は、君に恋している。ロザリア・・・・。君のことを愛している。」
「オスカー様・・・。」
喜び半分、驚き半分・・・。
「君が、ずっと女王になるために頑張っているのは知っている。そして、俺が惹かれたのはそうやって、自分の掲げた目標に向かい真っ直ぐに前を向いて進む君の姿だ・・・。もちろん最初は違ったかも知れない。初めは、気がかりだったんだ。初めて聖殿で合ったときに偶然見つけた君の揺れる瞳がな・・・。」
一陣の風が、そのロイヤルブルーの長い髪を揺らしてその横顔を隠す。
「オスカー様。」
風に靡いていた髪を押さえると、真っ直ぐに、いつもと同じように前を見つめるその瞳がぶつかる。
「オスカー様がおっしゃるとおり、わたくしは今までずっと女王になることだけを、そのことだけを目標に頑張って参りましたわ。でも、飛空都市に来て、アンジェと出会って・・わたくし、少しだけ自分の考えていたことが間違っていたと気づくようになりましたの。・・・・女王になるために必要なのは知識だけじゃ無いと言うことに。そしてそのきっかけを与えてくださったのは、紛れもなくオスカー様でした。・・・わたくしも、回りくどいのは好きじゃありませんので単刀直入に申しますわ・・。わたくしも、オスカー様をお慕いしております。」
「ロザリア・・・。」
ふわりと、暖かくて力強い腕がロザリアを包む。
「初めて、君をお茶に誘ったときのことを覚えているか?あの時、多分あの時に俺は君に恋してしまったんだ、ロザリア。」
「オスカー様・・・。それでも、わたくしは・・・。」
「解っている。女王になるのが君の目標だと言うことは。だが・・・それでも俺は自分の気持ちを止められない。俺は・・・・守護聖失格かも知れないな。」
長い髪に絡んでいた指が止まって、少しだけ自嘲気味の笑いがこぼれる。
宇宙にとってかけがえのない唯一の存在。その存在になろうとする少女を自分は愛してしまった。守護聖としての自分と、男としての自分・・・どちらも切り離せる物ではないのに。
「わたくしも、同じですわ。宇宙を愛する女王になることがわたくしの人生の目標のはずなのに・・。わたくしも女王候補失格なのかもしれませんわね・・・・。」
すっと、ロザリアにまわしていた腕をはずすと真っ直ぐにその瞳を見つめる。
「女王になるのをやめろ。とは言わないさ。例えそうして君が俺の元にやってきたとしても、きっと君は後悔と自責の念でその輝きを失ってしまうだろう。君が女王となりこの宇宙を守る存在になるのなら、俺は俺の剣を持ってその宇宙を守り抜く力を捧げ続けよう。」
ロザリア・デ・カタルヘナ・・・・
女王となるべく生まれ育ち、その目標に向かい真っ直ぐに前を見つめて歩み続ける少女。
例え彼女が至高の存在となっても、俺は君を愛し続ける。この命ある限り。


 

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