〜Blue Blue Eyes〜

10.庭園

コップに注がれるのは2杯目の水。
溶けて小さくなった氷が水差しの中で快い音を奏でて、思考を現実へと戻らせる。
ランディとの手合わせを終えて、少しの間この間の事を思い出していたらしい。
あれから、変わったことと言えば、今週の月の曜日から、試験の育成のスピードが速くなったくらいだ。・・いや、それは確実にこの時間を縮めているのだが・・・・。
育成が早くなれば、それだけ早く女王が誕生する。そしてそれを目標にしているロザリアも今まで以上に熱心に育成に励んでいるが、驚くのはもう1人の女王候補、アンジェリークだ。
彼女の育成の早さは、今週に限って言えばロザリアのそれを上回り、すぐにでもロザリアに追いつきそうな勢いである。
「これくらいでないと、張り合いが合いませんわ。」
そう言って、今日も執務室に顔を出したロザリアが嬉しそうに微笑んだ。
ライバルとして、この飛空都市で生活して、初めはちょっとした行き違いもあったが今では仲良くお互いの育成結果を報告しあい、それが相乗効果をもたらしているようだ。
「ひとまずは、様子を見る。といったところか。」
今し方まで、手合わせしていた剣を手に取ると、その刀身を磨き上げる。練習とはいえ、真剣同士がぶつかり合うのだ、終わった後にきちんと手入れしておかなければ、いざというときに使い物にならなくなってしまう。
ふと、その鍔元に手を伸ばす。
「?・・・・な・・なに!」
ふわりと光。
・・・サクリア、か?
自分の持つサクリアにも似た光、ただその光の色が・・・・炎のサクリアの紅ではなく・・・女王が持つ金と酷似している事を除けば。
それは一瞬の事、金の光に、己の持つ紅のサクリアが絡まる。だがそれもすぐに収まり其処にはいつもと変わらぬ飾りがあるばかり、ただそのなごりに微かに震えながら。
・・・どういう事だ?
炎の守護聖である彼は同時に王立派遣軍の総責任者でもある。そのため、不測の事態に対しても冷静に判断が出来るよう普段から訓練は積んではいるが・・・・。
「俺のサクリア・・。そうか、公務で使ったときの残留。ということか?」
いつも携帯しているこの剣は、昔から公務の時に使っている物。もちろんサクリアを放つときもその媒介として使用することも多い。
ここ最近は不安定な宇宙のためたびたびサクリアを放出していたから、そのなごりが剣にもそして飾りにもある程度残っていても不思議ではない。
しばらく、そのままにして様子を見てみたが、その後取り立てて変わった様子は見受けられない。その上
「連絡もなし。か?・・・・じゃああの金のサクリアは・・。」
女王のものでは無いと言うことなのか?・・・・女王のサクリアがこんな眼に見える形で現れて、何の連絡もないというのは解せない。
「・・オスカー様、女王候補より通信が入っておりますが。」
「こちらにまわしてくれ。」
「かしこまりました。」
女王候補・・・・ロザリアか。
「夜分遅く申し訳ありません、オスカー様。ロザリアです。どうしてもご相談したいことがございますの。」
「ロザリア、それは・・・サクリアの事だろう?」
「えぇそうなんですが、どうしておわかりに?」
「俺も、同じような事を考えていたからさ。」
「そうですか。」
「で、何があったんだ?」
「通信機より直接あってお話しします。あまり人に聞かれたくありませんの。まだ言うほど遅い時間でもありませんし・・。よろしいですか?」
「ああ、そうだな・・・・公園の噴水の前に30分後に・・・いいか?」
「解りました。では・・・・。」
どうやら・・・間違いないらしいな。
あのサクリアは・・間違いなく女王候補のものだ・・だとしたら、俺は・・・・。









約束の時間より少し早い時間、飛空都市の中とはいえ、私邸からはかなりの距離がある。
急いで愛馬を走らせると其処にはすでにロザリアが待っていた。
「すまない、ロザリア。待たせてしまって。」
「いいえ、わたくしも今着いたところですの。特別寮は公園の南口のすぐ裏手ですし・・。」
「夜の遅い時間にこんな所に呼び出してすまなかったな。寮まで行っても良かったんだが・・、ここなら夜になれば滅多に人は来ないだろう。」
すっとマントをはずすと、噴水の淵にかけてロザリアを促す。
とまどいもなく優雅に其処に腰を落ち着けると、胸できゅっと握っていた手をそっと包む。
「何があった?」
「・・アンジェが・・。」
「お嬢ちゃん?」
「えぇ・・あの、どういったらいいのか・・・。」
どうやら、予測もしなかった事が起きたらしい。いつもの自信に満ちた様子とは違い何か落ち着きのないその様子にゆっくりと背中に手を回して子どもをあやすように優しく背中をさする。
「うまくいう必要も急ぐ必要もない。まずは落ち着くんだな。」
少しの間そうして、背中をさすると、ほっという小さな呼吸と共にゆっくりとその身体が離れる。
「申し訳ありません、少し混乱してしまって・・・。」
「無理もないさ、俺だって混乱しているんだ。」
いつものようにウインクを飛ばすと、その顔から少しだけ緊張がとける。
「ありがとうございました、オスカー様。・・・お話しますわ。先ほどの事・・。」

「・・・なるほどな・・・。ありがとうお嬢ちゃん知らせてくれて。」
「いえ、わたくしもどうしたらいいのか解らなくて困ってしまって・・・。オスカー様に連絡先を聞いていなければ今頃どうしていたか・・。」
ほっとしたように微笑むその姿。夜の闇の中で、よりいっそう美しく、けれど少し寂しげで・・。
「ロザリア・・・。本当に大丈夫なのか?」
「え?」
「君の話からすると・・・。女王のサクリアは・・。」
「そう、ですわね・・・。でもまだ試験は終わっておりませんわ。わたくし、まだ諦めてはおりません。」
真っ直ぐにひたすら上を目指すその姿。
「わたくしでは、これからの事、どうすればいいか解りません。それにこの事他の誰にも告げるつもりはございませんわ。不用意に色々な方に知らせてしまっては余計に混乱を招いてしまうでしょう?わたくしはすぐに寮に戻ります、そして、指示を待ちますわ。」
一通りの話しを終えて、寮まで送ろうというオスカーにそう言うと、いつもと変わらぬ優雅な礼をする。
「すまないな、ロザリア。こんな夜遅くに1人で帰らせるのは俺としては不本意なんだが・・。確かに君の言うとおりだ。俺はこれからすぐジュリアス様に報告にあがる。・・・・気をつけて。」
すっと頬に唇を落として、ひらりと愛馬にまたがるとそのまま公園を抜け出す。後ろで見つめるロザリアの、視線を感じながら・・・・。
真っ直ぐにジュリアスの元へ向かおうとしていたオスカーだが、ふと方向を変える。
もし、俺の考えが正しいのなら・・・、俺の他にもう1人。この異変に気が付いた人物がいるはずだと・・。俺よりも確実にその光を感じた人物・・・。
焦る気持ちがそうさせるのか、いつもと同じ道がやけに遠い。少しの苛立ちを感じてたどり着いた其処で、一瞬とまどう。果たして本当に俺の考えは合っているのか・・。と・・。
「ならば、先ほどの光は・・彼女の物。ということになりますねぇ・・・。違いますか〜。オスカー・・・。」
窓の外、中からは見えない位置に立っていたがどうやら気配には気づいていたらしい。
「気づいてたのか、ルヴァ・・。」
「えぇ、何か話が有るんでしょう?ここではなんですからね〜。まずは中に入ってください。貴方には軽いかもしれませんが、カティスからいいものも届いていますしね。」
いつもと変わらない穏やかな微笑み。でも其処に、少しだけ驚きと哀しみが見え隠れする。
どうやら・・俺の考えは当たっていたらしい・・らしいが・・・・。
ほっと・・・小さなため息が漏れる
。・・・どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?ルヴァ・・・・
どうにも落ち着かない気分を抱えたまま、ひらりと窓枠を飛び越えてオスカーはルヴァの部屋へと入る・・。


 

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