SACRIFICE 1〜伝説〜
 


村で唯一のその教会は、遙か湖を望み丘の上に立つ。
遠い時代より遙かな未来まで・・。
東の空から昇る朝の柔らかい光が、礼拝堂をてらしだすと、壁全体に組み込まれたステンドグラスが、この地の歴史を語り出す。
この地に住む者なら、小さな子供から年寄りまで誰もが知っているその伝説の1つ1つを・・。


ろうそくの小さな光源が朧気に照らし出す白磁の像。
朝も早いこの時間から、こうしてこの像の前に立つのが彼女の日課だった。 ゆっくりと明けていく空に導かれるように、伏せられた翡翠色の瞳を開いて彼女はゆっくりと入り口近くの壁に組み込まれたステンドグラスの下へと歩み寄った。



『この地に1人の少女あり・・・。
 少女、神の裁きより逃れし、純なる者。』

『この世界にただ一人残されし、少女。
 歩き続けてついに、湖にたどりつかん。』

『全ての存在を消されたその世界の中で
 湖に浮かびし神の住む古き城を望む。』

『少女、神の城を見つめてつぶやかん。
 「・・・何故・・・。」と』

『神、少女のつぶやきに答えん。
 「・・・罰・・・」と』

『                   』

『神、その問いに答えん。
 「汝、この地で残された純な者。これから示す我が誓い、
  守る事出来うるならば、汝が望み1つ叶えん。」と』




少しずつ高くなるその太陽に合わせるように、入り口から1つ1つステンドグラスを巡る。 この教会が出来た頃から伝わるその物語は、長い時の中で、修復が間に合わずに風化し、所々ただの硝子がはめ込まれている場所もある。



『                   』

『神、少女に問う。
 「汝、その誓い守る事が出来るか?」と』

『少女、まっすぐにその瞳を見つめて答えん
 「必ず。」と』

『                   』

『少女、湖を城を見渡せる丘に
 小さな教会を作り、祈る。「約束の時が参りました。」と』

『神、再び舞い降り少女に語る。
 「汝の守りしその誓い、我しかと見届けたり。
  汝の望みし物は何ぞ。」と』

『少女、涙ながして語りかけん。
 「神よ、お願いです。もう1度私に私たちに機会をお与えください。」と』

『「もう1度、この地で家族の友の笑う姿が見たいのです。
  そのために私の命、神に捧げてもかまいません。」と』

『神、しばし考えて提案す。
 「汝の思い。我しかと聞き届けたり。なれば、少女よ。」』

『「我にかわり、そなたにこの地任せよう。汝の誓いを守りし姿。
  この地を治めるにふさわしい。汝の死後は汝が己で選ぶがよい。
  汝にかわり、この地を治むるにふさわしいものを。」』

『「御意・・」  少女の言葉を聞き、神大きくうなずきて両手を広げん。』

『「我、汝の願い聞き入れ、この地に汝の求むる物を授けん。」
 神の手よりあふれ出る光。この地を包み、この地に福をもたらさん。』

『「少女よ、これよりこの地汝に任せん。汝に御名を授けよう。
  アンジェリーク・・・天からの使いのものという名を。」』




入り口から続く長いステンドグラスは、東の壁一杯に広がる。
後ろを振り返れば西の壁には200枚を越える、少女達の肖像画が並ぶ。
初めて、この地を治めたと言われる少女、アンジェリーク。
まばゆいほどの金の髪を持ち、翡翠の瞳で優しく微笑む姿。
そして、其処に飾られる全ての者たちもまた同じように金の髪と翡翠の瞳を持つ。


キーッと入り口の扉が開いて、まばゆい朝の直の光が礼拝堂に流れ込む。
「また、ここにいたのね?今日は、禊ぎと肖像画を描く日だって伝えてあったでしょう?」
「あ・・そうだった!ごめんね、ロザリア。すっかり忘れてた。」
ちょっとだけ肩をすくめて入ってきたロザリアに駆け寄る少女。
朝の光の中で、肩口で揃えられた金の髪とそして大きな翡翠の瞳が輝く。
「本当に、あなたで大丈夫なのかしら。わたくし不安になってきましたわ、アンジェリーク。」
「ふふ・・。私もそう思う。でも・・助けてくれるでしょう?ロザリア・・。」
「あたり前ですわ・・。わたくしは、あなたを助けるために、共にあるために生まれてきたのですもの・・ずっと一緒よアンジェ・・。明日から、あの城へ行ってもずっと・・。」


『アンジェリーク』
金の髪と翡翠の瞳をもち、この地を治める事を定められた少女。
この小さな村を守り、そして家族の友の笑顔を見守り。
遠い昔から、遙かな未来まで、この地に安息をもたらす者。






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