〜真実の絆〜

7.金の光
バタンと扉を開けてロザリアは普段の姿からは想像できないような勢いで隣のアンジェリークの部屋の中へ入った。
「?!・・これって・・・・」
少しだけ開け放してある窓から涼やかな風に乗って桜の花が舞い落ちる。それは微かな光源によって少しだけきらきらと光って見えた。一瞬思考を奪われたロザリアは、はっとしてベットに眠るアンジェリークに視線を向ける。ベットに眠るアンジェリークは少し苦しそうに眉を寄せ全身は薄く微かな金色の光で包まれている。枕元にあるサイドボードにおいてあっただろう水差しとコップが、床に転がっていた。
「アンジェ!」
ぱっとベットに近寄り彼女の体に触れた瞬間光は瞬く間に消えた。
「今のは・・一体。・・もしかして、サクリア、なの?」
目の前で消えた光には覚えがある。夢魔に取り込まれた際に見た女王陛下のサクリアの光にとても似ている。
「それよりも・・アンジェリーク!」
今は、光の追求よりも目の前の友人の状態を知る方が先だと感じたロザリアは再びアンジェリークの体に触れる。
「?!・・・この感覚・・・いつもの」
ふれた瞬間流れ込んでくる感覚。五感で感じるわけではない、頭で感じる感覚。でもそれは自分がいつも考えていたよりももっと強くそしてはっきりと伝わってくる。
・・キガツイテ・・クルシイノ・マダホロビタクナイ・・・ジョ・・オ・・・
はっとして体を離したロザリアは震える手を胸の前で押さえる。
「滅びたくない?・・・誰かの助けの声だったのね。でも一体誰の叫びなの。どうしてアンジェリークのところへ?」
未だ震える両手をきゅっと握ると部屋に満ちていた感覚がとぎれた。そして「くっ・・」という微かな声にロザリアははっとしてベットの端に腰を下ろす。
「アンジェリーク!」
「あ。・・ロザリア?・・あれ、どうしたの?」
まだきちんと焦点の合っていないような若草色の瞳は不思議そうにロザリアを見ていた。
「どうしたのって・・・。アンジェ、あなた何も覚えていないの?」
少し困惑したような声色に当のアンジェリークは体を起こして答えた。
「覚えてないのって・・なんだかすごく嫌な夢をみたの。・・ううん夢じゃないのかも、あのこんなこと言ったら馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、私最近よく声みたいな音を聞くの、聞くって言うより感じるって言った方がいいかな?で疲れてるのかなって思って今日は早く寝たんだけど。なんだかずっとその声を聞いていたような気がして・・・。でも夢だったのかもしれない。」
ちょっと首を傾げて頼りなげに話す友人を見て、ロザリアは少し何かを考えたように話し出した。
「そう、わたくしもここ最近何となく変な感じがしていたのだけど・・・。試験も終盤に入ってわたくしもあなたも少し疲れているのかもしれないわね。・・それと、多分あたな夢を見ていたのよ。わたくし、これの音を聞いて飛んできたのだけど、心配する必要無かったみたいね。気持ちよさそうに眠ってたわよ?」
すっと床を指さすロザリアに「きゃ〜、大変!」と言って起きあがろうとしたアンジェリークをすっと引き留めベットに押し戻す。
「大丈夫よ、中身は入っていなかったみたいだから。それより今度は暴れないできちんと眠るのよ。本当にあなたってば寝ていても落ち着きがないのね。」
ぷぅっと頬をふくらませてベットに潜るアンジェリークを苦笑い気味で見ながら素早くサイドボードにカップと水差しを戻し、「じゃ帰るわ。ちゃんと休むのよ?」と声をかけロザリアは部屋を後にした。
廊下に出てしばらくアンジェリークの部屋の前で呆然と考え事をしていたロザリアだが、きゅっと胸の前の両手をきつく握り何かを決断したかのように自分の部屋と反対方向の廊下を歩きだした。
とんとんと階段を下りるとそこには1題だけだが通信専用の回線がついている。一瞬迷ったように指が止まるがそのまま通信機に手を伸ばし迷い無くダイヤルを回した。
「夜分遅くに申し訳有りません、オスカー様。どうしてもご相談したいことがございますの。・・えぇ、そうなんですが。どうしておわかりに?。・・・そうですか、通信機より直接お話しいたします。まだ言う程遅い時間でも有りませんし。わかりました、30分後に公園の噴水の前でおまちしておりますわ。」
カチっと通信を着ると庭園へ向かうためロザリアは急いで自室へと戻っていった。時計は午後9時を示していた・・。


軽く夕食をすませて、自室に戻ったのは8時過ぎ。その後この部屋の主であるルヴァは、自室の机に向かって今週の育成のデータを分析している。飛空都市にいるとはいえ、守護聖としての職も有るのでゆっくり女王試験の考察ができるのはいつも私邸に戻ってからになる。
しばらくデータに目を落としていたルヴァだが軽い喉の渇きを覚えてすっと手元にあった湯飲みへと手を伸ばす。
パチっとした感触にはっと視線を指先へ向けると、手に触れている湯飲みが微かにゆがむ。
「?」
それは一瞬の後に消え、すぐにいつもの静粛が訪れる
「今のは、何だったんでしょうね〜。・・・私もゼフェルの言うように年なんですかねぇ。」
そういってもう1度手を伸ばし喉を潤した時。
「?!・・光?・・・これは・・・!」
微かなふるえと共に薄く微かな金色の光。喉を過ぎる緑茶の感覚がひどく遅く感じるほどに、目の前の光景を瞬きすることもできない深い、深いグリーンの瞳が驚きと動揺を映し出し、そのまま考え込むようにルヴァの動きが止まった。

カチ、カチと規則正しい音が静かに流れる、ふと時計に視線を向けると時計の針は午後10時を過ぎたところだ。
ほぅと小さなため息を落として、ルヴァは自室の椅子に腰を下ろした。先ほどからもう1時間もたっている。ほんの一瞬の時間のような気がしていたのに。
「それだけ、考え込んでいた・・・と言うことでしょうね・・・。」
手に持った2色の湯飲みはもう何の反応もしていない。・・でも、間違いはない。自分が今まで守護聖として生きてきた経験からしても先ほどの反応は確かにサクリア・・、それも女王のものだ。
「どう考えるべきなんでしょうねぇ、これは・・・。」
苦痛に耐えるようにわずかに眉を潜める。先ほどの光がサクリアなら、きっとこの世界にいる9人のサクリアの使い手にも同じ現象が起こっているはずだ。だが1時間たった今もそのような連絡は入っていない。金色のサクリア。つまり女王陛下のサクリア。それを関知しても連絡がないということはまずあり得ない。とすれば先ほど感じた物はまだ覚醒しきっていない女王、すなわち女王候補によるサクリア、そしてこのサクリアは手の中にある媒介を通して流れてきた。
「ならば、先ほどの光は・・彼女の物。ということになりますねぇ・・・。違いますか〜。オスカー・・・。」
すっと視線を開け放してあった窓の外に向けゆっくりとそちらへと足を進める。すると窓枠のわずか横から宵闇にも映える赤い髪と冴え冴えとしたアイスブルーの瞳が現れた。
「気づいてたのか、ルヴァ・・。」
「えぇ、何か話が有るんでしょう?ここではなんですからね〜。まずは中に入ってください。貴方には軽いかもしれませんが、カティスからいいものも届いていますしね。」
そういって簡易キッチンへと消えたルヴァに聞こえないように小さなため息をつくとひらりと窓枠を飛び越えてオスカーは部屋の中へと入った。

 

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