〜真実の絆〜

8.資質
「あ〜、オスカー、靴はきちんと脱いでくださいね。スリッパはそこにありますから。」
キッチンの奥からいつもの落ち着いた声を聞いて、「ああ。」と短く返事を返しただけで、オスカーはきちんと靴を脱ぎ、中央のテーブルに腰を落ち着ける。程なくグラスと冷えたワインを手に持ったルヴァが向かいに腰を落ち着ける。
互いに声をかけることもなく、テーブルにおかれたワインのコルクを器用にあけグラスを満たすとどちらともなくグラスに口を付ける。
ふわりと鼻先をかすめる芳香。ちょっとの渋みとまろやかな甘みを感じる。まるでこれを作ったであろう前緑の守護聖と同じように・・。その雰囲気に背中を押されるように口を開いたのはオスカーだった。
「今、ロザリアから話を聞いてきたんだ。」
かたんとテーブルの上に置いたグラスにワインを満たしながらルヴァは視線で先を促した。
「どこから話せばいいのか・・・。取り合えず・・」
そういってポケットから取り出したのは、小さいながらも繊細で巧妙な細工の施された飾り鍔。
「つい1時間程前のことだ。俺はちょうど剣の手入れをしていたんだ。その前に少し手合わせしていたからな。この剣はいつも俺が携帯しているものだ。多分公務中にサクリアを使用したときに僅かにだがサクリアが残ったのだと思うんだ。それが微かにだが反応した。俺自身のサクリアにではなく、これに、だ。」
グラスを揺らすとふわりと甘い香り。それに乗せて同じようにルヴァに視線を向ける。
「そうですか。私は、これですね。」
少し離れた壁際にある机に向かい手にした物をテーブルの上に置く。2色のグラデーションが際だつ湯飲み。
「私は、あそこで育成のデータを見ていました。喉が渇いていたのでふと手を伸ばした時に一瞬ですが、パチッとした感触で視線を向けたんですよ。そうしたら揺れていたんです。それもすぐに消えましたが、・・・・そのすぐ後のことです。薄く微かな光でしたが、金色の光をまとっていたんですよ、これが・・・。」
テーブルの上に並ぶ2つのプレゼント。1つはアンジェリークからルヴァへ、もう1つはロザリアからオスカーへ。共に、2人の女王候補の気持ちが込められた大切なプレゼント。
「今の時点で、私には何の連絡も入っていません。と言うことはこのサクリアを感知したのは私たちと、そして貴方のところへ連絡してきたロザリアの3人だけ・・・。ということですね。」
「・・・・あぁ。先ほどロザリアにあったときお嬢ちゃんは何も感じていなかったと言っていた。そしてロザリア自身もその事について彼女には何もいっていないそうだ。」
1つは僅かに残っていた炎のサクリアに微かに反応し、そしてもう1つはルヴァが触れたことにより反応してサクリアの象徴ともいえる金の光を放った。
「・・・・サクリアを放出したのは、間違いなくアンジェリークだった。ということですね、オスカー・・。」
いつもの穏やかな雰囲気はそのままに、漂う空気は微かな驚きと動揺。そして一瞬だけ襲う深い悲しみの波長。
「ルヴァ・・・。」
揺れていた視線がまっすぐにオスカーを捕らえる。強い意志と深い愛情とそれを綺麗に押し隠すかのような深いグリーンの知性の瞳。
「オスカー。大丈夫ですよ〜。私のことはね。・・・それよりも、今起こったこの事について私たちだけの判断で事を進めるのは危険すぎます。まずは、私たちが感じたことをきちんと整理してみましょう。私たちではきっと守護聖としてだけの立場で考えるのは難しいでしょう。ですが、私たちしかこの異変を感じ取っていないのですから、きちんと説明できるだけの準備はしておかないといけません。・・・ジュリアスならこの時間でもまだ執務をしているでしょう。まずは彼に報告して、それから今後の対応を任せるのが一番でしょう。・・・手伝っていただけますね?」
「手伝うも何も・・俺も当事者の1人だろう?ルヴァ。」
「あ〜、そうでしたね、それじゃまず、時間ごとに整理していくことにしましょう。オスカー正確な、とは言いませんが大まかな時間はわかりますか?貴方が聞いたロザリアの話と合わせていく必要が有りますね・・。」
「あぁ・・・。まずは・・・」
…俺には同じ事が出来たのだろうか。もし立場が逆だったら…


「このような時間に、何があったのだルヴァ。」
軽くノックをして待つこと数秒。かちゃりと開いた扉から届いた第一声はかなり緊張した物だった。
”緊急に貴方に連絡したいことが有るんです、ジュリアス。今からそちらの執務室に伺いますから。それと出来れば人払いをお願いしますね。”
そういって用件だけ伝えると切れてしまった通信。ルヴァが緊急と言ったからにはそれが宇宙にとって重大なことだとジュリアスは直感する。守護聖の中でも穏やかでそしてそして誰よりも深い知識を持つ地の守護聖。彼の言葉には絶対の響きが有った。
「すいませんねぇ〜ジュリアス。こんな夜更けに・・。」
「いや、かまわぬ・・・、オスカー、そなたも一緒なのか?」
ぱたんと閉じられた部屋の中、もう1人の守護聖。それを見た首座の守護聖は感じた。緊急の用件とは女王候補のことだと。
「ここでは話にならないだろう。」
そういって歩き出す彼に続き、執務室内にある応接ソファーに身を沈めゆっくりとルヴァは切り出した。
「つい先ほど、正確に言うと3時間ほど前の事です。この飛空都市の中で金のサクリアを感知しました。と言ってもまだ覚醒したサクリアではありません。彼女の持っている女王としての資質が覚醒の前に少しだけ反応してしまった。と言ったところでしょう。」
「?!何?それはどういう事だ?私は、サクリアの異変は何も感知してはおらぬぞ?それに彼女とはどちらの女王候補の事だ?」
「あ〜、ジュリアス。きちんと順を追って話しますから〜。まずは落ち着いてください。それと、この飛空都市、いえ宇宙の中でサクリアに反応した、というか感知したのはきっと3人だけのはずです。私とオスカー、そしてロザリアです。・・・女王のサクリアを放出したのはアンジェリークです。これは間違いが無いでしょう。」
「アンジェリークが?それは、確かなのか、ルヴァ。」
「えぇ、先ほどまでオスカーと私で自分たちに起こったことを整理した結果は間違いなくアンジェリークです。」
「本当か、オスカー。」
「恐れながら、私もルヴァの意見で間違いがないと思っております。ただ・・」
「ただ、何だ。」
「私も、そしてきっとルヴァも、自分たちが出した結果に納得が出来てはいません。ジュリアス様、私は守護聖としての責任の重さを自覚しております。そして自分が守護聖であることに誇りを持っております。ですが・・。」
言葉を一瞬だけきってまっすぐにジュリアスに視線を合わせる。アイスブルーの瞳は僅かに揺れた。
「ですが、私はロザリアに対してただの女王候補としての感情以上のものを抱いています。宇宙を納める女王を決める試験中に軽率だと、そう思われても仕方がないと覚悟しています。ですが、」
「わかっている。」
先に視線を逸らしたのは瑠璃色の瞳。眉を寄せ白くなるほど握りしめていた手をゆっくり解き言葉をつなぐ。
「そなたと、ルヴァ。そして女王候補たちが思いを通わせていたこと。気づいていた。以前は有無を言わさず引き裂いた思いだ。だが、私にはそれが正しかったのかわからぬ。・・・オスカーそなたは今責任の重さを自覚していると言った、誇りも持っていると。ならば、たとえロザリアと思いを通わせていたとしても守護聖としての考え方に影響させるほど愚かではないと信じたい。それは、ルヴァ。そなたも同じだ。」
ゆっくりと開いた瑠璃色の瞳には、迷いや後悔を越えた1つの信念が宿る。
「ルヴァ、3時間前と言ったな?まずはその時点でよい。そなた達が感じたサクリアの状況。それとアンジェリークからサクリアが放出されたのを目撃したのはロザリアだな。その時の状況を出来るだけ正確に報告してほしい。それから、そなた達がアンジェリークが女王の資質を覚醒させたのだと確信した何かが起こっていたはずだ、それを教えてくれるか?」
すっと1枚の紙をジュリアスに渡す。簡単な時間経過と3人の状況を組み合わせた表だった。
「まずはいつからこの事が起こっていたのか知るためのものです。・・・」
3人は1枚の紙を囲んで1つの結論とこれからの方針を組み立てていった。

 

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