「それにしても、何故か貴方とはよくよく縁があるようですね〜。」 そばに置いたボトルから空になりかけた相手のグラスへコポコポと透明の液体を注ぐ。 「・・ただの偶然であろう?それに私は昼間より夜の闇の方が落ち着くのだ。」 ふっと薄い笑みをたたえ同じように相手のグラスを満たす。 はらはらと、満開の桜がルヴァとクラヴィス両方のグラスへ舞い落ちる。 「・・桜酒・・か・・。」
今からちょうど1週間前のこと、ルヴァは1人夜の湖へと足を運んでいた。元来読書好きの彼は書物にのめり込み気がつけば朝だった等ということは日常茶飯事なので、真夜中といっていいこの時間がそれほど遅い時間だとも思ってはいないようだ。 「・・・ルヴァか・・・。」 やや後方の木立の合間から突然に声がかかる。 「ク・・クラヴィス。・・いきなり声をかけないでくださいよ〜。びっくりするじゃないですか!」 街灯もない夜の闇の中から声がかかれば誰であれ、驚く。しかし声をかけた本人はそんなことはお構いなしの様子だ。 「そなたがこの時間に散歩など珍しいこともあるものだと思ってな・・。」 隣に並んで湖に浮かぶ揺れる月を見つめぽつりとつぶやく。 「貴方は、この時間によくここへ?」 「・・よく・・ではないが。桜が咲きそろいそうなので足が向いたのだ。それに・・・。」 「・・?」 「いや・・・」 ふっつりと言葉を切り、いつもの無表情で真上の桜の木を見つめる瞳。 「・・・貴方にどうしても聞いておきたいことがあったんですよ。いい機会ですから少しつき合いませんか〜。」 すっと渡されたグラスに立ったままだったクラヴィスはゆっくりとルヴァの近くに腰を落ち着けた。 トクトクとすすがれる透明な液体を無言で飲み干すのを見てルヴァも同じようにグラスを傾ける。そのまま、3杯目のグラスが空になる頃、言葉を探すようにグラスを空けていたルヴァの瞳がクラヴィスを捕らえた。 「クラヴィス、貴方に今更こんなことを聞くのはおかしいのかもしれませんが、私は・・」 「ルヴァ。」 何とか言葉を繋げようとしていたルヴァの言葉を遮り、静かだがだが強い口調のクラヴィスが語り始める。 「ちょうど、今宵のような月の夜だった。・・・私があの者に思いを告げたのは。」 くいっとグラスに残っていた液体を飲み込む視線は強くでも彼の司る闇のサクリア同様に優しいものだった。 「夜が明けた時には、あの者は女王となっていたがな。だが、あの晩告げた思いはあのときの私の正直な心だ。そしてその心はきちんとあの者にも伝わっていた。・・・・・たとえそれが一瞬のことで合ったとしても、女王という至高の存在となったとしても、その気持ちに嘘偽りはなかった。」 空になっていたグラスに再び液体を注ぎ、くいっと一気に飲み干していく。「クラヴィス・・・。貴方は後悔していませんか。お互いの気持ちに気づいてしまったことに。」 共に有りたいと思った存在。その存在は宇宙を守る女王として至高の存在となった。2度とふれあうことのできない絶対の存在へと。 お互いが思い合っているという事実を知ってしまったからこそ、別れは知らない以上に辛く後悔したのでは無いかと。”自分の気持ちをもっと伝えるべきだ”そういったのは他ならぬルヴァ自身。でもそれによってクラヴィスにより深い悲しみを与えてしまったのではないか。前女王試験が終了して今までずっと、ルヴァが考えていたのはその事だった。 「確かに、思いを告げようと思ったのはそなたの一言が有ったからかもしれぬ。」 その言葉にすっとルヴァの表情が変わる。だがクラヴィスはそんな表情を一蹴するかのように緩く頭を振った。 「だが、それは単にきっかけに過ぎん。私があの者に思いを告げたのはあくまでも私の意志だ。私はあの者に自分の気持ちを告げたことを1度でも後悔したことはない。」 穏やかな口調の中ではっきりと見える強い意志。 「私は、自分の気持ちは告げることに迷いは無かった。そのときはあの者が女王候補で有ることなどどうでも良かったのかもしれぬな・・。ふふっこんなことジュリアスが聞いたら責められるだろうがな。あの者を愛したことも、そしてそれ故に訪れた痛みも誰のせいでもない。全ては私の過去の思い出だ。」 「そうですか。それを聞いてなんだか安心しましたよ〜クラヴィス。」 トクトクとまたクラヴィスと自分のグラスに液体を注ぎ、少しだけいつもの表情に戻ったルヴァはほうっと軽く息を吐いた。 「それにしても、クラヴィス。貴方がこんなに話をしてくれるなんて、私はとても嬉しいですよ〜。」 「月とこれに酔ったか。少し喋りすぎたようだ。・・・だがルヴァ、1つだけ言っておく事がある。」 すっと表情をなおしたその顔は、薄暗い月夜の中でも冴え冴えとする闇の守護聖としての顔だった。 「心に迷いがあるのなら、やめておけ。迷いの狭間で闇にとらわれるぞ・・・。一生抜けられぬ闇に。それだけ伝えようと思っていたのだがな・・。」 すっと立ち上がると一瞬にして固まったルヴァの横を立ち去っていく。 「闇を、心の迷いを侮ってはならぬ・・・。」 立ち去る間際ぽつりと届いたその声は5杯目のグラスがあいてほろ酔い状態にあったルヴァの神経を一気に覚醒させた。
はらはらと桜の花は無い落ちる。あれから1週間がたった。クラヴィスと話した次の日の日の曜日、ルヴァはこの湖でアンジェリークに自分の思いを告げた。 「・・・迷いは、無くなったようだな・・・。」 こくっとグラスを傾けながら、舞い落ちる桜を見つめてクラヴィスがつぶやく。 受け止める深いグリーンの瞳には強い意志と迷いのない思いが宿っている。 「えぇ〜、おかげさまで。・・・貴方は気づいていたんですね、だからあの日もここにきてくれたんでしょう?そして今日も、ね・・・。」 にこっと笑って同じようにグラスを傾ける。 「ふっ。たまたま足が向いただけだ・・。そなたの事など考えていた訳ではない・・。」 「ははっ、相変わらずですね〜。貴方も。」 お互いのグラスに液体を満たし、しばし舞い落ちる桜を楽しんでいた2人だがふと呟くようにルヴァが語る。 「今朝の会議でジュリアスが言ったこと。本当は貴方も気づいていたのでしょう?・・・サクリアの僅かな揺れ。それは育成のスピードが速まった事だけが原因ではないことに。そしてまだどちらの物かわからない女王の資質が本当はどちらの女王候補のものなのかも・・・」 アメジスト色の瞳が無言で問いかける、”お前はそれで後悔しないのか”と。 「そうですね、でも私1人で決める事ではありませんからね〜。」 「そうか。それもまた選ぶべき道の1つ・・か・・・。」 再びグラスが満たされ2人は舞い落ちてくる桜を楽しんだ。
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