コンコンとノックする音で何とか目を覚ます。 「ん〜。」 ぱたんと扉が開き入って来たのは特別寮付きのメイドの1人。 「あ。起きておられましたか、アンジェリークさん。朝、ロザリアさんが体調が悪そうだから食事を部屋に持っていってほしいと言われたんですけど。」 「ありがとうございます。ちょっと寝坊しちゃったみたいですね。ごめんなさい。」 肩をすくめてくすっと笑うのはアンジェリークの癖。…昨日あんな事があったからロザリア気を遣ってくれたんだ・・。… 「いえ。顔色が良さそうで安心しました。」 そういうとメイドはてきぱきと中央のテーブルへと朝食を並べていく。 「あ。そうだ、アンジェリークさん。地の守護聖ルヴァ様から伝言が入っていました。」 「え?ルヴァ様から?」 「えぇ。こちらにおいておきますね。朝食は食べ終わったら食堂の方へ持ってきてくださいね。」 そういうと軽く一礼してメイドは部屋から出ていった。 のそのそとベットから立ち上がる。窓から差し込む光は柔らかい。…まるでルヴァ様の笑顔みたい… 「ルヴァ様、もしかしたら朝来てくれたのかな?」 特に約束している訳でもないが、思いを確認しあってからは時間が許す限り一緒にいることが多い2人。今日も特別に約束はしていなかったが、エリューシオンの視察の後にルヴァのところへ寄ってこようと思っていた。 かさりと封を開け中を読む。軽いとまどいと違和感。 『アンジェリーク、本当に申し訳ないのですが今日緊急会議が入ってしまいました。貴女とお会いしたいですがきっと難しいと思います。すいません。代わりにといっては何ですが明日の午後湖でお待ちしていますね。Luva。』 もう一度手の中の伝言に目を通して、ゆっくりと息を吐きだして、目の前の朝食に手を伸ばした。
湖はいつもと同じように湖面に緩やかな波をたたえ、周りの木々の合間を抜ける風は優しい。 「ここは、いつも変わらないですね〜。」 アンジェリークにここで思いを告げてから1週間。 「たった1週間前の事なのに、ずいぶん前の出来事の様に感じますね・・。」 育成のスピードの上昇、アンジェリークに起こったサクリアの放出、女王補佐官ディアを巻き込み女王陛下の名前を使ってまでも隠した事実。・・・全ては宇宙のため。滅び行く宇宙を守り新たな命へ導くために・・・。 視線をあげると突き抜けるような空の青。舞い落ちる花びらは桜色。2色のコントラストが太陽の光の中でまぶしく輝く。常世の春といわれる聖地と違い、飛空都市には僅かながら四季がある。試験の終わりを告げるように桜の季節はもうすぐ終わる。 「そういえば、・・・あの日アンジェリークに持っていった向日葵。次の日に問いつめられましたね。なんでこんな時期に向日葵が咲くんですか!って・・・」 目を細め思い出をたぐるように中空を見つめる深いグリーンの瞳。 飛空都市にきてから今までいろんな事があった。その思い出の1つ1つが湖に浮かぶ花びらの様に浮かんでは沈み、沈んでは浮かび。 「何度も2人でこの湖にきましたけど・・初めてですね〜。1人で来て貴女が来るのを待つのは。」 午後の汀。木々の合間を抜ける風は優しく、目の前の湖は穏やかに・・・。
かさりと草を踏む音が聞こえる。程なく耳に届く軽やかな鈴の声。 「ルヴァ様?お待たせしてすいません。」 「いえ、そんなに待っていませんよ。アンジェリーク。」 すっと自分の座っている場所の隣にスペースを作ると、迷い無くアンジェリークはその場所へ腰を落ち着けた。 「なんだか、不思議な気分です。いつも一緒に来ていたから。待ち合わせって初めてですよね?」 彼女の癖の肩をすくめる仕草。その様子は今までと何も変わらない。ただ1つ、纏っている雰囲気が揺れていること以外には・・。 「そうですね〜。私も、誰かと待ち合わせて外出なんて・・。でもこういうのもたまにはいい物でしょう?」 穏やかな笑顔。いつもと変わらない、深いグリーンの瞳が揺れる。でもそれも一瞬のこと。揺れる思いは愛情と苦悩。綺麗に押し隠した瞳にはいつもと変わらぬ深い知性。 「ちょうど一週間になるんですね〜。でもなんだかずいぶん前のことのような気がして、貴女とこうやって一緒にいるのがなんだか当たり前のような気がしてしまって。・・・」 「ルヴァ様・・。私もそう思ってました。本当に一週間前の事なのになんだかずっとルヴァ様と一緒にいたような気がして・・。」 くすっとお互いに笑いあうと軽く唇をあわせる。それを合図にしたかのように頭上の桜が1枚、2枚・・・。 しばらくそのまま舞い散る桜を見合わせていたが、それは急に訪れた。 頭に響く声の音。いつもより深くいつもよりはっきりと聞こえるその声にアンジェリークの意識が薄れていく。 「アンジェリーク?・・ア・ン・・ジェ・・・」 隣に居るはずのルヴァの声が遠のいていく。 …また、あの声何でなの?一体なんなのこの声は・・・私に何を言いたいの?… ルヴァの声が完全に聞こえなくなった頭にはっきりと聞こえたその声は 『ハヤクキガツイテ、クルシイノ。マダホロビタクナイノ。タスケテジョウオ』 ・・女王?私のことなの?助けてってあなたは誰?何故苦しんでいるの?・・ 『ワタシハ、・・・ウチュウノヘン・・・キョウノ・・・ワ・・・』 「アンジェリーク!」 飛び込んできたのは、愛しい声。その声に導かれるようにしてゆっくりと瞼が開いた。 「大丈夫ですか、アンジェリーク。」 「あ、あのルヴァ様。私・・。」 「あ〜、無理しちゃいけませんよ。貴女は急に意識を失ったんですよ?まだ動かないでください、アンジェリーク。」 「すいません、ルヴァ様。・・大丈夫です、もう起きれますから・・。」 すっと体を起こすと曖昧に微笑む。微かに揺れていた雰囲気は今では大きなうねりとなって2人の間を取り巻いている。 その様子を見つめながら、グリーンの瞳は1つの決意を宿していく。 …今、貴女を支えながら私もはっきり感じました。貴女のもつ女王の資質と、崩壊を恐れる宇宙の声を… 瞳が決意に染まった頃、ゆっくりルヴァが口を開いた。 「アンジェリーク。貴女にどうしても話して起きたいことが有るんです。聞いてくれますか?」
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