〜真実の絆〜

12.宇宙の声
一瞬の強風。優しさを運んでいた風は一気に不安の渦を作り、穏やかな湖面には波紋が広がる。
「ルヴァ・・様?」
見上げた先はいつもの穏やかな微笑みも知性に満たされた瞳もない。瞳に映るのは微笑みを消し引き締まった口元と決意に満ちた深いグリーン。
すっと身を起こし、その場できちんと座り直す。
「大丈夫なんですか?」
心配そうな声色は、いつもと何も変わらないのに・・・。
「大丈夫です、ルヴァ様。それに大切な話なのでしょう?寝ながら聞くなんて出来ません。」
大丈夫と言い聞かすように薄く微笑。そこにはあどけないだけの17歳の姿はない。纏う雰囲気はすでに・・・もう疑うこともない、彼女はきっと・・・。
「そう、ですか。でも、もし具合が悪くなったらちゃんと言ってくださいね?貴女は、たまに無茶なことしちゃいますからねぇ〜。」
「ルヴァ様!」
「はいはい、すいません。・・・・・アンジェリーク。」
ひとときの会話で少しだけ心を落ち着かせて、再び決意に染まった深いグリーンが微笑みを消してまっすぐに見つめ返す。
「貴女に、話したい事が3つ有ります。1つは、試験の事です。」
「試験、の事ですか?」
「えぇ、アンジェリーク。今回の試験は通常の試験と異なることが多いのです。今までの女王試験において試験中に育成を行った例は数えるほどしかないんですよ?」
「え?」
「・・・宇宙を保つためにサクリアが必要なのはご存じですね?女王のサクリアはその全てのサクリアの源であり、そして宇宙に必要なサクリアを知るための鍵。・・・女王の資質は、この宇宙のサクリアの流れを知ること、いかに正しく宇宙の声を聞いて宇宙の状態を判断できるかどうか・・・なのですよ。」
「・・・宇宙の声?・・・それは、悲しみとか、苦しみとか・・ですか?」
自分の見に起きている不可思議な現象、それが1つ1つ現実の事実となっていく。揺れる瞳は心の軌跡・・右に左に不安と事実に。
「そう、ですね。それだけでは無いですが・・。先ほど貴女が聞いていた声、あれもまた宇宙の声の1つでしょうね。」
少しだけ、口元に笑み。それは優しい微笑みではなく、苦し紛れの隠した笑い。
「ルヴァ様にも、聞こえていたんですか?あの声が・・・ずっと・・・」
「いいえ、先ほどが初めてですよ、多分貴女の側にいたので聞こえたのでしょう、私たち守護聖は1人では直接宇宙の声を聞くことは出来ません。ただ感じるだけです。私達守護聖もまた普通の人と同じく、女王のサクリアに触れたときにだけ宇宙の声を聞くことが出来るのです。・・女王がこの宇宙の唯一絶対の存在と言われる所以の1つですよ。」
「それじゃ・・・女王は・・・!でも待ってください。まだ試験は終わっていません、それにロザリアも・・彼女の声は聞こえないにしろ何らかの気配を感じているって・・」
混乱が思考を襲う。それから逃げ出したくて振る振ると何度も軽く頭を振っている彼女の肩に優しく手を置いてルヴァは続ける。
「試験は、まだ終わっていませんよ、アンジェリーク。現に今私は貴女から何のサクリアも感じていない、貴女のサクリアはまだ覚醒していないのですから・・・。エリューシオンに、貴女が育てる大陸に力が満ちたとき、その時に初めて貴女のサクリアは覚醒するはずです。」
「・・何故。・・何故ですか?どうして覚醒していないのに私はあの声を聞いたの?それに、滅びたくないってどういう事ですか?ルヴァ様!私にはわからない・・・わからないのに!!」
耐えきれなかった滴がゆっくりと若草の瞳から落ちる・・・。…私は、どうしてこう上手に伝えられないのでしょうねぇ。貴女の涙など見たくないのに。貴女を悲しませるために告げようと思ったのではないのに・・…
「アンジェリーク・・・・。」
すっと肩に置かれていた手が背中に回る。”あの声が聞こえていたのですか?・・ずっと” そう彼女はずっと・・と言った。きっとあの不可解な声にここしばらく悩まされて居たのでしょう、すいません、アンジェリーク。貴女の笑顔に見とれて私は貴女の心の不安を感じてあげることが出来なかった。貴女の事を見ていたいと、貴女と共に幸せを分かちたいと貴女に告げた私が貴女の事をきちんと見ていなかったのですね・・・。
そのままルヴァに体を預けて涙をこぼしていた彼女だが、しばらくすると少し落ち着いたのか震えていた肩が止まった。
「ルヴァ様・・さっき、今回の試験は異なることが多いっておっしゃいましたよね。」
そういって顔を上げた彼女を見て、あぁ・・と確信する。彼女はやはり女王となる者。真実が1つ1つ浮き上がるごとに1つ1つ受け入れる毎に彼女を取り巻く雰囲気が変わる、気高く優しくそして絶対の存在へと・・・。
「えぇ。1つ目は今言った理由。試験に育成をすると言うこと。そして2つ目は、何故育成をしなくてはいけなかったのか・・・ということです。」


舞い落ちてきた桜を掌で受け止めながら、ルヴァは続ける。
「先ほど、ロザリアにも同じようにあの気配が感じられると言いましたよね?・・・彼女もまた類い希な女王としての資質を持っています。平素であれば貴方よりもむしろロザリアの方が女王としてのふさわしかったと、私はそう思っています。」
「平素で、あれば?でも、今は違うのですよね・・・?」
「えぇ。」
そういって掌に落ちた花びらに視線を向ける。
「アンジェリーク。この桜も、そしてここにある草木たちも生き物も、この世界に命を与えられたものは全て、必ず終わりの時を迎えるでしょう?死という終わりを・・・。それは、私にも貴方にも同じように訪れる、守護聖や聖地、そして女王陛下であってもそれは例外なくこの世に生きる者に平等に与えられた物。この世界に永遠不滅のものは存在しない・・。」
「・・・ルヴァ・・様・・・・。」
見開かれた瞳は驚愕。真実に行き当たった驚きの色。
「そう、そしてそれは私たちの住んでいる宇宙にとっても例外ではないんです・・・。この宇宙は、今、逃れようのない現実と直面しています。・・・死という現実と。」
「そ・・そんな。宇宙が、全てが・・終わってしまうなんて・・・それじゃ、私たちは、みんなは!!この世界に生きている全てのものは一体どうなってしまうんですが!!それに、宇宙が無くなってしまうのに女王試験なんて意味が・・」
「だから、なんですよ、アンジェリーク。次の女王に求められる物は、今までのように宇宙を維持するためのものではありません。宇宙を育て発展させるため力。今、貴女方2人が育成している大陸は、新しい宇宙の礎です。大陸に力が満ちた時、新しい宇宙が誕生するのです。・・・そして今いる私たちの宇宙をこの新しく生まれた宇宙へと移管すること、それが新女王の最初の執務・・ということになります。」
「・・・宇宙を・・移動させる?・・・その為の育成・・・。あの声が言っていた滅びたくないというのは・・あれは宇宙の叫び・・だった。」
「そうです、宇宙の崩壊のスピードは私たちが考えていたよりずっと速かったようです。今女王陛下が必死でそれを止めています。試験を始める時に貴女方にそれを伝えなかったのは動揺を避けるためでした。でも、フェアでは無かったかも知れません、すいません・・・。」
すっと頭を下げたルヴァにゆっくりと頭を振りながらアンジェリークは答える。
「いいえ、ルヴァ様。私、やっぱり最初に聞いていなくて良かったと思います。確かに今、いきなりだったからかなり動揺しているけどそれでも育成をしていく中で、私は沢山のことを学びました。私の未熟さからせっかく育ちだした命を終わらせてしまったこともありました。そういう経験が出来た今だからこそ、宇宙の崩壊がどういったことになるのか、そして、それを救うことが出来るのなら・・とそう思えるんだと思います。・・もし、試験が始まる前にそれを聞いていたら・・私、きちんと試験を受けられなかったかもしれません。・・・・ごめんなさい、取り乱しちゃって、もう大丈夫です。ルヴァ様、有難うございます、きちんと教えてくれて・・・これからは、あの声を聞いてもきちんと受け止めて聞いて上がられるようなそんな気がします・・・。」
この人は・・・いえ、これこそが女王としての資質。もう彼女の中には女王としての心が宿っている。・・・そう遠くない未来、彼女はきっと至高の存在となる・・・・。
「ルヴァ様・・・。」
ゆっくり頭を上げると、すぐに若草色の瞳がぶつかる。まっすぐに何の迷いもなくただまっすぐに見つめられる瞳の輝き。「ルヴァ様がお話ししたいと言っていたこと。2つは分かりました、宇宙が崩壊の危機にあると言うこと。そしてそれを救うために宇宙を育成することの出来る女王のサクリアが必要だったと言うこと。・・ですよね?」
「えぇ、そうです。アンジェリーク。」
「じゃあ3つ目は・・?」
輝きの中に揺れる不安。その瞳に映る私自身も揺らめいて・・・。いいえ、私は迷わない。そう、決めて今日ここにいるのですから・・。
緊張していた雰囲気がゆっくりと解かれる、いつもの穏やかな笑顔に誘われるように。
「最後の話は、・・・・」

 

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