「アンジェ、入るわよ・・。」 一緒に育成をし、共に試験を受けてきたもう1人の女王候補ロザリア。 いつもと同じように、腰まで届く長い髪を揺らせながら、するとアンジェリークの部屋へ入っていく。 「ロザリア・・・。」 「ちょっと早いけど・・・。おめでとうと言わせて頂くわ。・・明日からは、貴女がこ宇宙の女王陛下よ。」 「・・・ありがとう、ロザリア・・。私・・。」 くすっとちょっと淋しげに、でもちょっと皮肉っぽく微笑するとロザリアは続ける。 「わたくし、後悔していないわ。わたくしは、私の持てる力全てを出し切ってこの試験を戦ったわ。・・だから後悔していない。初めはどうしてあんたみたいな子がわたくしと同じ女王候補なのかしらって憤ったこともあったわ。でも、今ならわかる気がするの。全てを知った今ならね・・。」 「?全てを?」 「えぇ・・。オスカー様に聞いたのよ。この試験の行われている意味と、そして宇宙の状態を・・・。」 「そう、だったの。・・私も、ルヴァ様から伺ったわ・・・・。」 一瞬目を伏せて襲い来る哀しみと対峙する表情。でもすぐにいつもの明るい笑顔を向ける。 「私、頑張る!どれだけのことが出来るかわからないけど・・でも自分に持てるだけの力で頑張って宇宙を救ってみせる。だから・・・ロザリア、私のこと助けてくれる?・・試験が終わった後も一緒に聖地で・・。」 「もちろんよ。わたくし、女王にはなれなかったけど、女王補佐官としてはかなり優秀になれるつもりよ?」 くっと片方の唇を少し上げて微笑むのは彼女独特の笑顔。 「もう!ロザリアったら・・」 ひとしきり、くすくすと2人で笑い合った後、急に訪れる沈黙。しばらく続きそうな静粛を破ったのはロザリアの言葉。 「ねぇ、アンジェ・・・。貴女は?・・わたしくしはわたくしの生き方に後悔はしていないわ。でも貴女はどうなの?このまま女王になって後悔はしない?」 まっすぐな視線。一緒に試験を受けてきた女王候補のライバルとして、そして同じように飛空都市に来て恋をした17歳の友人として・・・。 「ロザリア。私は後悔しないわ。そして、もう迷ったりしない。・・・ちゃんとルヴァ様と話し合って、そして2人で決めたの。だから後悔しない。」 「そう・・・なら、もう、わたくしは何も言わないわ。」 「ねぇロザリア、あなたはどうなの?」 「どう、って?」 「もう〜、オスカー様と・・・私は女王になるけど、女王補佐官は恋をしてはいけない・・ってことは無いでしょう?」 「アンジェ・・・」 「あのね、私のこと気にして、オスカー様とよそよそしくするのは嫌よ?なんか惨めじゃないそれって・・・だから2人とも変に私に気を遣ったりしないでね?・・・そのかわり、執務中はだめよ?」 くすくす笑うアンジェリークを前に、呆然といった感じでそれを見つめるブルーアイ。…ほんと、あなたには適わないわ、アンジェ。強いのね・・本当に、私に足りなかったもの。自分の気持ちよりまわりの気持ちを気遣うことの出来る心。わたくし、小さな頃から次期女王候補といわれているうちに、そういった事を忘れかけていたのかもしれないわね・・・… 「あなたに同情して変な気を遣うなんて事はしないから安心して頂戴。でも、淋しい時は辛い時はわたくしのことほんの少しでも頼りにして欲しいわ。これでも私は貴女のことを本当の友人として認めているのよ?」 「ありがとう、ロザリア・・・・。」 ひとしきり、他愛のないおしゃべりの後ロザリアは部屋から出て行った。『今日が最後なのでしょう?あまり邪魔をしては悪いから・・・』
コンコンと響くノックの音、そう、この音を聞くのも今日が最後なのだろう。 「夜分すいません〜、アンジェリーク。」 「いいえ、お待ちしていましたルヴァ様。」 ゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れる。いつもと同じピンクを基調とした部屋。・・・このまま時が止まったなら・・・ 「・・先ほど、今日依頼のあった育成。行ってきましたよ・・。タイムラグがあるのですぐにとは行かないでしょうが、日付が変わる頃には貴女が女王になっているでしょう。・・おめでとう、アンジェリーク。」 「いいえ。皆さんが、ロザリアやルヴァ様や他の守護聖様にパスハさんにサラさん。皆さんが力を貸してくれたからここまでこれたんです。そして、ルヴァ様。ルヴァ様が私の背中を押してくれたから・・・有難うございます。あ・いけないこんなところでごめんなさい。お茶入れますから座ってて下さいね!。」 ぱたぱたという足音につられて自然とこぼれる苦笑い。…なんだか、この部屋に来るといつもあの足音を聞いていたようなきがしますね〜… すぐに暖かい緑茶のはいった湯飲みをもって向かいの席に腰を下ろしたアンジェリークにゆっくりと穏やかに深いグリーンの瞳が注がれる。 「アンジェリーク。」 すっと席をたち、アンジェリークの前まで来ると、すっとルヴァはいつもなら絶対にはずさないターバンに手をかける。一瞬で舞い落ちる白い布をアンジェリークは両手でしっかり受け止めた。 「湖で貴女に思いを告げた時、確か伝えましたね?このターバンは私の惑星に伝わる伝承を守っていると・・・。本当に愛する人の前でのみ、このターバンをはずすのだと。」 「はい。覚えています。」 「アンジェリーク、私はもう一度貴女に伝えたいのです。私の気持ちを・・・。貴女を、貴女のことを本当に心から・・愛しています。」 「ルヴァ様・・・私も・私もルヴァ様のこと愛しています。」 「これから、2人の歩む道が離れていても、私の心は貴女と、貴女の心と共にあります。忘れないでください・・私も忘れませんから・・。」 「はい!」 見上げる瞳浮かぶ涙・・。それは喜びの結晶か・・それもと哀しみの鎖なのか・・・。 「ルヴァ様。受け取ってもらいたいものがあるんです。」 そういって窓ぎわの机の引き出しからそっと大切そうに手にしたのは1つの栞。 「これ、ルヴァ様に一番最初に頂いたプレゼント。・・あの向日葵で作ったんです。ルヴァ様いつも本をもってらしゃるから。私の気持ちを込めたんです。こうしたらいつも一緒にいられるから・・・。」 そういって差し出した手をゆっくりと遮ると緩くかぶりを振ってルヴァは制止する。 「・・大事にしてくれていたんですね。嬉しいですよ〜。でも、これはアンジェ。貴女が持っていてください。私が貴女にあげたプレゼントなのですから。・・・・それに私がこれをもらったら不公平ですよ〜。わたしは、貴女から大切なプレゼントをもう頂いています。これまでもらっちゃったら私ばっかりもらっちゃうことになるじゃないですか〜。」 「でも・・・」 困ったように悲しそうに揺れる瞳にしっかりと視線を合わせて、すっと懐から小さな箱を取り出すと穏やかにでも力強くルヴァは続ける。 「向日葵は私が貴女にプレゼントしたもの、そして貴女は私に湯飲みをくれた。・・・だから今度は2人で1つのものを分けたいのです・・。ね?これで公平でしょう?」 「2人で1つのものを?」 「えぇ、そうです・・・。」 そういって箱をあけると底には深いグリーンの綺麗な宝石が輝いていた。 「私の生まれた惑星が砂漠の惑星だと言うことは知っていますね?・・その私の生まれた惑星でしか手に入れることの出来ない宝石があります。この惑星が砂漠になる以前の遺物と言うことになるでしょうか?砂漠というのはいきなり出来るものでは無いんですよ〜。たいていはそこは人々が生活をし文明が栄えたあとに出来るのです。きっとその土地にある栄養を全て奪い尽くされて、そして不毛の大地とかしていくのでしょうね・・・・。この宝石はそんな中から生まれてきます。まるで人々に文明に置いて行かれたかのように砂漠化した土地の下で眠り続けているのです・・。」 そっと持ち上げるそれは、哀しみと孤独を消化させたように鈍く光る深いグリーン。 「Desert
solitary
jewelry」 「?」 「この宝石の名前ですよ。砂漠に生まれた孤独な宝石・・・取り残されそれでもなお輝き続ける石です。そして、この石は待っているのです。またきっと、自分たちを育んだあの大地とあの文明がまた訪れることを・・真実の絆で結ばれていればいつかきっと出会うことが出来るのだと・・・。」 「真実の・・・絆。」 「えぇ。だから私は貴女とこの石を分かち合いたいのですよ〜。真実の絆があればいつかきっと、また一緒になれるという願いをこめて・・。」 「ルヴァ様!!」 「あ〜、泣かないでください〜アンジェリーク。私、貴女に泣かれるとどうしたらいいのか〜。」 くすくす泣き笑いの顔でアンジェリークは答える。 「いいんです!嬉しい時の涙は一杯流してもいいって。」 「・・本当に、貴女には適いませんねアンジェリーク・・・。」 箱の中には1対のピアス。 「ルヴァ様・・・私ピアスつけていないから・・・。ルヴァ様が開けてくださいますか?」 「だめですって言っても、貴女は聞かないのでしょう?・・わかりましたよ・・ちょっと痛いかも知れないですが我慢してくださいね?」 「はい・・。」 ちくりと耳を刺す痛み・・。この痛みと共に私は決して忘れないだろう・・・この気持ちも今日までの想い出も決して・・・ ゆっくりとでも確実に時間は流れていく・・。2人で過ごす最初の夜。2人で過ごせる最後の夜。 時計の針が頂点を越えた時、大陸の中心に大きな光が上がる・・・。試験の終了。新女王第256代女王の誕生の瞬間。
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